日本における相続について
(その4・遺留分を中心に)
弁護士 高原 わかな  

前回は、遺言とは何かを中心にお話をしましたが、今回は、その4として、遺留分に関する問題を中心に、お話をしてみたいと思います。なお、抽象的な説明ではイメージがわかないため、具体的なケースに基づいて、説明します。



遺言書を預かっていた人は、遺言者が亡くなったことを知った後、遅滞なく、家庭裁判所に遺言書を提出して、検認を請求しなければなりません。また、相続人が遺言書を発見した場合も同様です。ただし、その遺言書が公正証書で作成されていた場合は、この検認申立てをする必要はありません。
また、封印された遺言書は、家庭裁判所で相続人等の立ち会いの下、開封されなければならないとされています。

父の葬儀の後、実家で父親の遺品を整理していたところ、封印され「遺言書」と書かれた封筒を見つけましたが、どうすればよいですか? 私と父は折り合いが悪く、亡くなる前の数年間はあまり話もしていなかったので、私に不利益なことが書いていないか心配です。妹には内緒で、中身を確認したいのですが、問題ないでしょうか?

遺言書を預かっていた人は、遺言者が亡くなったことを知った後、遅滞なく、家庭裁判所に遺言書を提出して、検認を請求しなければなりません。また、相続人が遺言書を発見した場合も同様です。ただし、その遺言書が公正証書で作成されていた場合は、この検認申立てをする必要はありません。
また、封印された遺言書は、家庭裁判所で相続人等の立ち会いの下、開封されなければならないとされています。

つまり、相続人であるあなたは、遅滞なく、家庭裁判所に検認の申立てを行わなければいけませんし、また、勝手に開封することは禁止されています。なお、検認の申立てをしないで、遺言を執行したり、封印された遺言書を家庭裁判所以外で開封した場合は、5万円以下の過料に処すると定められていますし(民1005)、故意に遺言書を偽造・変造・破棄・隠匿した相続人は、その地位を失い相続人となることができません(民891)。

検認申立ての方法については、裁判所ホームページ(★)にも案内がありますが、戸籍謄本等の必要書類をそろえて、亡くなった人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に、申立書を提出する必要があります。
この手続きは、遺言者が作成した遺言書の状態を確認するため手続きであり、後日の改ざん等を防止するため、遺言書の形式や態様等を調査します。
遺言の内容が有効か無効かという判断や、記載内容に関する争いを決着させる手続きではありませんので、遺言の有効性に疑問がある場合は、別途遺言無効確認の調停や訴訟を提起する必要があります。

★ 裁判所HP(遺言書の検認)
   http://www.courts.go.jp/saiban/syurui_kazi/kazi_06_17/index.html


先日、わたし(次女)の母が他界しました。父はすでに他界しており、こどもはわたしと姉(長女)の2人です。私は夫と離婚してから、息子と一緒に母と同居していましたが、姉は、独身で一人暮らしをしています。母は公正証書遺言を作成しており、その概略は以下のとおりでした。

自宅の土地建物は、孫(次女の息子)に遺贈する。
月極駐車場として利用している土地は、次女に相続させる。
預貯金は、長女に相続させる。
家財道具一式やその他の財産は次女に相続させる。
祭祀を主催すべき者として次女を指定し、○○家代々の墓や仏壇など祭祀に
必要な財産を次女に相続させる。
遺言執行者として次女を指定する。


遺言書によると私は遺言執行者と指定されていますが、そもそも遺言執行者とはなんですか? また、指定された人は、必ず遺言執行者にならないといけませんか?

遺言には、遺言者の死亡と同時にその内容が実現されて執行行為を必要としない事項と、その内容を実現するために執行行為が必要となる事項があります。

執行行為が必要なものとしては、遺言による認知、遺言による相続人の廃除、遺贈などがありますが、これらについて、遺言の内容を実現するために必要な事務処理を行うものを遺言執行者といい、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有します(民1012)。

遺言執行者に指定された人は、遺言執行者に就任するかどうかについて諾否の自由がありますが、就任を承諾した場合には、直ちにその任務を遂行しなければなりません(民1007)。なお、未成年者や破産者は遺言執行者となることはできません。
遺言する側からすると、遺言執行者に指定する人から、内諾を得ておいた方が安心といえます。

母は病気でなくなったため、入院費や治療費でかなりの出費を余儀なくされました。そのため預貯金は200万円しか残らず、姉から、この遺言は姉の遺留分を侵害するので遺留分減殺請求をするといわれました。姉の主張する遺留分とは、なんですか? また、遺留分減殺請求とはどういう意味ですか?


前回(その3)も少しふれましたが、民法には遺留分制度【亡くなった人(被相続人)が持っていた財産(相続財産)について、その一定の割合の承継を一定の相続人に保証する制度】があります。
日本の民法では、配偶者、子、直系尊属(=兄弟姉妹以外の相続人)に遺留分を認め、遺留分を侵害された相続人は、侵害した人に対して、相続人が贈与・遺贈した目的物などを取り戻す権利を与えています。

この遺留分の割合は、直系尊属のみが相続人である場合は、被相続人の財産の3分の1が、それ以外の場合は、被相続人の財産の2分の1が、遺留分(総体)となります。そして、この遺留分(総体)を法定相続分に従って分割したものが、相続人個人の遺留分となります。

上記質問のケースでは、被相続人(母)の相続人は娘2人ですので、母親の財産の2分の1を各人法定相続分(2分の1)で分けた割合、つまり全体の4分の1が、各人の遺留分となります。

遺留分減殺請求とは、遺留分を侵害された人が、侵害した人に対して、遺留分を請求することをいいます。遺言書の内容が、お姉さんの遺留分を侵害するのであれば、お姉さんは、侵害した人に対して遺留分減殺請求をすることができます。
この請求は、必ずしも書面でする必要はありませんが、言った言わないの争いになることもありますので、内容証明郵便で行うことが望ましいでしょう。

また、遺留分減殺請求は、遺留分権利者が相続の開始と減殺すべき贈与等があったことを知ったときから1年以内に、また、相続開始の時から10年以内にしなければならないので、注意が必要です。お姉さんからの請求があったのが、遺言の内容を知ったときから1年を超えていれば、あなたは消滅時効の主張ができます。


遺留分を侵害しているかどうかは、どうやって算定するのですか? 相続財産の価格は、自宅の土地建物は4000万円、月極駐車場の土地は3000万円、預貯金200万円、その他の財産は古い家財道具くらいで価値はないと思います。 また、姉は3年前に現在住んでいるマンションを購入する際、母から800万円の援助を受けていますが、このことは遺留分の算定にあたって、何か影響を与えますか。



遺留分額や遺留分侵害額の計算は複雑ですので、現実に計算するにあたっては弁護士にご相談いただくのがよいかと思いますが、概略を紹介すると
 【遺留分額】=【遺留分の算定の基礎となる財産】×【遺留分割合】となります。

この基礎となる財産額は、@被相続人が死亡時に有していた財産の価格にA贈与された財産の価格(※)をプラスした上で、B相続債務の全額をマイナスして算出します。
Aとして加算される生前贈与(特別受益等)は、全ての贈与ではなく民法で限定されています。

そして、遺留分侵害額は、上記遺留分額から、相続により取得した実質財産とその人が受けた贈与額(生前贈与+遺贈)を控除して算定します。

ご質問のケースでは、お姉さんは特別受益としての贈与(マンション購入資金)を受けていますので、遺留分の算定の基礎となる財産は、8000万円(4000万+3000万+200万+800万)となります。
そして、あなたとお姉さんの遺留分額は、それぞれ2000万円(8000万×1/4)となります。なお、息子さんは相続人ではないので、遺留分はありません。
また、お姉さんの遺留分侵害額は、1000万円(2000万−200万−800万)となります。

(相続財産の評価について)
遺留分の算定にあたっては、相続開始時点で財産を評価します(過去の贈与などについては、物価指数などを使用して相続開始時の貨幣価値に換算)。なお、実際には、不動産や非上場株式など時価評価が難しい財産については、その評価額をめぐり争いとなることがあります。


姉は、遺留分減殺として、私が相続した月極駐車場についてのみ姉と私の共有とすることを希望していますが、応じる義務はありますか? また、姉が現金で受け取ることを希望した場合は、それに応じる義務はありますか? 逆に、自宅の土地建物について姉と息子の共有になるのはいろいろと面倒なので、自宅については現金で精算したいと思いますが、姉の同意は必要でしょうか?


遺留分減殺請求権が行使されると、遺留分を侵害する遺贈や贈与は、侵害の限度で効力を失い、対象となる財産の権利は、減殺請求者(遺留分権利者)に復帰します。なお、対象財産の種類や価格によっては、遺贈等を受けた人と減殺請求者との共有となります。これを一般に、「現物返還の原則」といいます。
また、遺贈等の目的物から果実が生ずる場合は、減殺請求があった日より後に取得した果実を返還しなければなりません。

質問のケースでは、遺留分減殺の対象となる財産としては、自宅の土地建物と月極駐車場の2つがあります。
このように対象となる財産が複数あるときに、遺留分権利者がいずれかの財産を選択して減殺請求をできるのか?ということについては、肯定説(選択できる)と否定説(選択できない)がありますが、判例・実務では否定説が通説となっています。
判例・通説に従って考えると、お姉さんは、月極駐車場のみを選んで減殺請求をすることはできませんので、あなたに、お姉さんの希望に応ずる法的義務はありません。

次に価格弁償(遺留分減殺を受ける限度において、遺贈等の対象財産の価格を遺留分権利者に弁償して返還義務を免れること)についてですが、お姉さんの方から、価格弁償(遺留分侵害額を現金等で弁償してもらうこと)を請求する権利はありません。
逆に、減殺請求の相手方(あなたや息子さん)から、現物返還ではなく価格弁償をすることは許されます。
よって、あなたや息子さんが希望するのであれば、お姉さんの同意がなくても、価格弁償をすることができます。なお、弁償すべき価格の算定時期は、現実に弁償がなされるときですので、価格が変動するものについては注意が必要です(遺留分侵害額の算定時期とズレがあります)。

なお、相続により取得した財産が不動産等の場合は、遺留分減殺請求の結果、共有となります(月極駐車場については、あなたがとお姉さんの共有、自宅の土地建物については、息子さんとお姉さんの共有)。この共有状態を解消するには、遺産分割手続き(家庭裁判所)ではなく、共有物分割請求手続き(地方裁判所)によることになります。また、月極駐車場については、賃料収入(果実)がありますので、減殺請求日以降の賃料収入については、遺留分減殺額に応じた割合でお姉さんと按分する必要があります。


遺留分について姉と息子と3人で話し合いましたが、不動産の評価額について、姉と意見が一致せず、話し合いがまとまりません。家庭裁判所に調停を申し立てることはできますか?


遺留分減殺に関する紛争は、訴訟事項であるため、当事者間で協議が整わないときは、裁判所に訴えを提起して解決を図ることになります。
しかし、遺留分に関する紛争は、相続に関する紛争でもあるので、家庭に関する事件として、家庭裁判所に調停を申し立てることができます。調停においても話し合いがまとまらず、調停不成立となった場合には、民事訴訟で解決することになります。
〈詳しくは、家庭裁判所ホームページ(★)をご参照ください。〉

★(遺留分減殺による物件返還請求調停)
  http://www.courts.go.jp/saiban/syurui_kazi/kazi_07_13/index.html

(遺留分の放棄)
以上のように、遺留分は,一定の法定相続人に対して、法律上認められた権利ではありますが、放棄することもできます。ただし、被相続人等に放棄を強要されるおそれもあるため、相続開始前の放棄については、家庭裁判所の許可を得る必要があります。この場合、家庭裁判所は、申立てが自由な意思に基づいているか、放棄の理由に合理性・必要性があるか、放棄と引き替えに何らかの代償があるか等を考慮して、許可・不許可を判断します。
例えば、家業の承継に必要な財産を後継者たる相続人に相続させる遺言を作成した結果、他の相続人の遺留分を侵害するおそれがある場合などは、一定の代償を与えて遺留分を放棄してもらうことも考えられます。〈事業承継に関しては、遺留分に関する民法の特例制度がありますので、関弁護士の法律記事をご参照ください〉

以上が遺留分に関するひととおりの説明となりますが、最後に、祭祀承継の話について簡単に触れておきたいと思います。


母の遺言には、私を祭祀を主宰する者に指定し、祭祀に必要な財産を相続させるとありますが、これはどうような意味を持つのでしょうか?


これは、いわゆる祭祀主宰者の指定に関する遺言条項です。
日本の民法は、祭祀財産について、今まで説明してきた相続とは別のルールを定めています。
具体的には、祭祀財産とは、系譜(先祖代々の家系を記したもの)、祭具(位牌・仏壇・その他先祖を祀る用に供するもの)、墳墓(墓石・墓碑・墓地の所有権や使用権)をいいますが、この祭祀財産は、祭祀主宰者が承継するとされています(民897)。
そして、この祭祀主宰者は、相続人には限定されず、被相続人が指定することができます。この指定は明示のものでも黙示的なものでもかまいませんが、指定がない場合は、慣習で定まり、慣習が明らかでないときは家庭裁判所の調停・審判で決めることになります。
近時、墓地使用権の財産的価値が高まっていることもあり、その承継について相続人間でトラブルとなることがありますので、遺言を作成する場合は、相続財産だけではなく、祭祀財産についても留意されることをおすすめします。なお、墓地使用権の承継手続きについては、当該墓地の利用規則等により定められているケースも多いと思いますので、具体的な手続きも確認されておくとよいでしょう。


以上、4回にわたり日本の相続について簡単にお話させていただきました。相続は誰でも1度は経験する身近な法律問題です。この法律記事が少しでも皆様のお役に立てば幸いです。


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