「遺留分に関する民法の特例制度」
 について
弁護士 関   義 之   




 経営承継円滑化法

  平成20年5月,国の事業承継対策の一環として,経営継円滑化法(正式名称は,「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」といいます。)が制定されました。この法律は,事業承継における遺留分に関する民法の特例制度と金融支援措置について定めています。本稿では,新制度である遺留分に関する民法の特例の概要をご紹介したいと思います。
  なお,事業承継そのものの概要をお知りになりたい方は,中小企業庁が作成した「事業承継ガイドライン20問20答」「中小企業事業承継ハンドブック 26問26答 平成21年度税制改正対応版」をご覧ください。


 遺留分に関する民法の特例制度

(1) 遺留分とは
  事業承継においては,後継者に会社の支配権(自社株式)や事業用資産を承継させるために,先代経営者が保有する自社株式や事業用に利用している個人資産を「生前贈与」や「遺言」(遺贈,相続させる遺言)によって取得させる必要があります。
  この生前贈与等を行うときには,後継者以外の相続人の遺留分に配慮することが重要になります。
  民法では,被相続人(死亡した先代経営者)が有していた相続財産について,その一定の割合の承継を一定の法定相続人に保障しています。つまり,被相続人が生前贈与や遺言によっても自由に処分できない一定の割合というものがあり,この一定の割合の相続権のことを遺留分と呼んでいます。
  被相続人が自由に処分できる部分を超えて生前贈与等の処分をなし,その結果,相続人が現実に受ける相続の利益が遺留分額に満たない場合には,遺留分を侵害していることになり,この場合,遺留分を侵害された相続人は,遺留分減殺請求権という権利を行使し,その処分を失効させることができます。
  例えば,死亡した先代経営者には,法定相続人として子どもが3人おり(後継者A,非後継者B,C),生前に,唯一の財産である不動産を後継者Aに全て贈与していた場合,非後継者BCには,民法上遺留分割合が各6分の1ありますので(遺留分割合はだれが相続人か,相続人は何人いるかによって異なります),BCは,侵害された遺留分各6分の1について遺留分減殺請求権を行使して,生前贈与の一部を失効させ,各6分の1の共有持分を取得することができます(つまり,不動産は,A6分の4,B6分の1,C6分の1の共有になります)。

(2) 遺留分の事業承継への影響
  このような遺留分の制度が事業承継にどのような影響を及ぼすのか考えてみます。
  例えば,先代経営者は不動産(評価3000万円)及び自社株式(評価3000万円)を保有,法定相続人は子ども3人(後継者A,非後継者B,C),生前に不動産及び自社株式を全て同時に後継者Aに贈与したという事例で考えます。
  この場合,前述のように,BCは,各6分の1の遺留分を侵害されていますので,単純に考えて,各1000万円の遺留分の権利を持つことになります(合計6000万円×各6分の1)。
  例えば,この不動産が事業に無関係であれば,先代経営者の死後,この不動産を売却し,売却代金の中から,BCに各1000万円を支払えば,事業の継続に支障が生じることはありません。
  しかし,仮に,この不動産を事業用に利用していた場合,売却すれば事業に支障が生じますので売却できず,Aが個別に2000万円を用意して,BCに支払わなければなりません。Aが2000万円を用意できなければ,事業用不動産や自社株式が各6分の1ずつBCの共有・準共有となり,後継者Aに全てを承継させることができなくなります。
  次に,先ほどの事例で生前贈与した後,後継者Aの努力によって,先代経営者が死亡した時点で,自社株の価値が9000万円に上昇していたと仮定します。
  遺留分の計算では,相続開始時,つまり,先代経営者の死亡時の評価で計算しますので,単純に考えて,BCは,各2000万円の遺留分の権利を持つことになります(合計1億2000万円×各6分の1)。
  つまり,後継者Aが努力して自社株式の価値を上昇させた結果,事業に無関係のBCの遺留分が,各1000万円から各2000万円に上がり,さらに,不動産3000万円のほか,Aが個別に1000万円を用意できなければ,自社株式の一部をBCに取得させなければならなくなります。
  これでは,上記アの事例と比較して,後継者Aのインセンティブを阻害する結果になってしまいます。

(3) 遺留分対策
  このように,遺留分の制度は,自社株式や事業用資産を後継者に集中できず,事業の円滑な承継を阻害したり,また,後継者の事業に対する貢献が適性に評価されないという問題が生じます。
  従って,このような問題を生じないようにするために,自社株式や事業用資産を後継者に承継させるにあたって,非後継者の遺留分対策という視点がとても重要になるのです。
  この遺留分対策として,民法では,遺留分の事前放棄という制度を用意しています。この制度は,遺留分の権利を有する相続人が,被相続人の生前に,家庭裁判所の許可を得て遺留分を放棄するものです。
  しかし,遺留分を放棄する人(例えば,先ほどの例では非後継者B,C)が家庭裁判所に許可の申立をしなければならず,また,非後継者ごとに個別に同意が必要で,かつ,許可・不許可の結果も同一になるとは限りませんので,上記遺留分の事前放棄の制度は,事業承継には利用しづらいという指摘がなされていました。
  そこで,事業承継に利用しやすい仕組みとして,遺留分に関する民法の特例という新制度が制定されました。
  以下,新制度の概要をご紹介していきます

(4) 特例手続の主な流れ
  まず,全体的な手続の流れを押さえます。

@  先代経営者が後継者に自社株式を生前贈与します。
 「自社株式」及び「生前贈与」がポイントです。もっとも,合意をすれば,自社株式以外の財産(例えば,事業に利用している不動産など)も後述する除外合意の対象に加えることができます(固定合意の対象にすることはできません。法5条)。
 
A  「推定相続人」全員で,上記株式について,書面により,「除外合意」又は「固定合意」をします(法4条1項)。
 ここでいう「推定相続人」とは,民法上の法定相続人とはイコールではなく,相続が開始した場合に相続人となるべき者のうち,被相続人の兄弟姉妹及びこれらの者の子以外のものに限るとされています(法3条2項)。
 「除外合意」と「固定合意」の内容については後述します。
 なお,「除外合意」と「固定合意」は併用することも可能です。
 
B  後継者が,上記合意から1か月以内に,経済産業大臣に対して,確認申請をします(法7条)。
 民法上の遺留分の事前放棄の制度よりも,この確認申請をする分,一手間多くなります。
 確認申請の細かい手続については,「中小企業経営承継円滑化法申請マニュアル平成21年10月改訂」をご参照ください。 
 
C  後継者が,上記確認から1か月以内に,家庭裁判所に対して,許可の申立を行います(法8条)。
 民法上の遺留分の事前放棄の制度では,非後継者が申立を行いましたが,この特例では,後継者が申立を行います。
 裁判所のHPに,許可申立の説明や書式の記載がありますのでご参照ください。
 この許可を得てようやく上記合意の効力が発生します(法9条1項,2項)。 

  このように,この特例制度は,生前贈与した自社株式について,推定相続人全員で,「除外合意」と「固定合意」という2つの合意をする手続だということがお分かりいただけたかと思います。

(5) 除外合意と固定合意
  では,その除外合意と固定合意というのは何なのか,その説明に移りたいと思います。
  除外合意(法4条1項1号)
  除外合意とは,生前贈与した自社株式について,その価額を遺留分を算定するための財産の価額に算入しないことを合意することをいいます。
  例えば,前述した,先代経営者が不動産(評価3000万円)及び自社株式(評価3000万円)を保有,法定相続人が子ども3人(後継者A,非後継者B,C),生前に不動産及び自社株式を全て同時に後継者Aに贈与した事例で考えます。
  この事例で,自社株式全てについて除外合意をした場合,遺留分の計算は,自社株式を除いて,不動産のみを対象として計算しますので,単純に考えて,BCは,各500万円の遺留分の権利を持つことになります(不動産3000万円×各6分の1)。また,除外された自社株式は,遺留分減殺請求の対象にもなりませんので,自社株式の分散を防止することができます。
  仮に,前述の事例のように,後継者Aが努力して,先代経営者が死亡した時点で,自社株式の価値が9000万円に上昇していた場合であっても,遺留分の計算は,不動産のみを対象として計算しますので,結論は変わりません。従って,後継者Aのインセンティブも充たされることになります。
  固定合意(法4条1項2号)
  固定合意とは,生前贈与した自社株式について,遺留分を算定するための財産の価額に算入すべき価額を合意のときにおける価額に固定する合意をすることをいいます。
  例えば,前述の例で,自社株式全てについて3000万円の価額で固定合意をした場合,遺留分の計算は,相続開始時ではなく,合意時の固定した価額で算定しますので,仮に,後継者Aの努力により,先代経営者が死亡した時点で,自社株式の価値が9000万円に上昇していた場合であっても,自社株式の価額は3000万円として計算し,単純に考えて,BCは,各1000万円の遺留分の権利を持つことになります(合計6000万円×各6分の1)。従って,この場合も,後継者Aのインセンティブが充たされることになります。
  注意しなければならないのは,後継者Aが努力しても,結果として,自社株式の価値が下がってしまった場合(例えば600万円),固定合意をしていなければ,BCの遺留分の権利は各600万円(合計3600万円×各6分の1)であったのに,固定合意の結果,BCの遺留分の権利が各1000万円となり,後継者Aにとって不利な結果が生じてしまいます。固定合意を選択する場合には,この点をリスクとして理解しておかなければなりません。
  非後継者への配慮
  除外合意や固定合意は,非後継者からみれば,自己が保有する遺留分の権利を一部放棄するようなものですので,除外合意や固定合意をする場合には,非後継者への配慮が必要となります。
  まず,後継者が合意の対象とした株式を処分した場合と,先代経営者が生存中に後継者が代表者を退任した場合について,非後継者である推定相続人がとることができる措置を必ず定めておかなければなりません(法4条3項)。例えば,合意を解除できるとしたり,違約金を定めることも考えられます。
  次に,合意により推定相続人間の衡平を図るための措置を定めることができます(法6条1項)。例えば,後継者が非後継者に一定額の金銭を支払うことが考えられます。また,上記衡平を図るための措置として,後継者ではなく,非後継者である推定相続人が先代経営者から生前贈与等により取得した財産についても,除外合意の対象とすることができます(固定合意の対象にすることはできません。法6条2項)。
  この推定相続人間の衡平を図るための措置は必ず定めなければならないものではありませんが,非後継者に除外合意や固定合意をさせるインセンティブとなりますので,よく話し合って決める必要があります。

(6)  対象となる会社等 
  対象会社
  この特例が適用になる会社は,「特例中小企業者」と定義されています。これは,「中小企業者」のうち,3年以上継続して事業を行っている「会社」であって,上場会社等を除くものをいいます(法3条1項)。
  「中小企業者」とは,業種,資本金の額,従業員の数を基準として,法2条により定義されている会社及び個人をいいます。例えば,小売業の場合,資本金の額が5000万円以下又は常時使用する従業員の数が50人以下の場合に中小企業者に該当します。
  対象となる先代経営者
  この特例が適用になる先代経営者は,「旧代表者」と定義されています。これは,特例中小企業者の代表者であった者(合意時点において代表者である場合も含みます。)であって,推定相続人(前述)のうち少なくとも1人に対して自社株式を贈与したものをいいます(法3条2項)。
  対象となる後継者
  この特例が適用になる後継者は,「後継者」と定義されています。これは,旧代表者の推定相続人のうち,旧代表者から自社株式の贈与を受けた者等であって,特例中小企業者の総株主の議決権の過半数を有し,かつ,特例中小企業者の代表者であるものをいいます(法3条3項)。
  なお,後継者が所有する自社株式のうち,除外合意や固定合意の対象となるものを除いたものに係る議決権の数が,総株主の議決権の100分の50を超える数となる場合には,除外合意や固定合意をすることはできません。例えば,先代経営者から40%の株式の生前贈与を受けた場合で,もともと後継者が自ら売買により取得した株式を60%保有している場合には,生前贈与を受けた40%の株式について除外合意や固定合意の対象とすることはできません。

(7) 最後に
  以上が新制度である遺留分に関する民法の特例の概要ですが,遺留分そのものの理解が難しく,また,ほかにも適用要件がありますので,特例制度の利用を検討するにあたっては,個別に弁護士にご相談ください。


一覧に戻る ページTOP