パワー・ハラスメント
弁護士 須長 俊太郎   


1 はじめに


 最近,パワー・ハラスメント(パワハラ)という言葉を耳にします。
 パワハラは,上司などによる職権を背景とした嫌がらせです。同じく職場の問題であるセクシャル・ハラスメント(セクハラ;職場などで行われる性的嫌がらせ)が,社会に広く認知され,防止対策も含めてかなり意識が広がっているのに対し,パワハラは最近注目されるようになったばかりであり,セクハラと比べるとまだ認知の程度は低いかも知れません。

 今回は,このパワハラについて取り上げ,(1)どのような行為がパワハラにあたるのか,(2)パワハラを行った上司はどのような責任を負うのか,(3)パワハラが発生した場合,会社はどのような責任を負うのか,(4)パワハラの予防策・対応策などについて考えてみたいと思います。



2 パワハラってどんな行為?


 パワハラの定義は,法律で決められているわけではありませんが,おおまかには,「上司など職場で強い立場にある人が,その職務上の地位,権限を濫用して,部下の人格権を侵害すること」をいいます。
 例えば,上司が,部下に対して,些細なミスを理由に他の社員もいる場所で何時間も大声で叱責したり,「お前はだめだ。」「やめてしまえ。」などと発言したり,わざと部下を無視するような態度をとるなど,部下を精神的に追い詰めて苦痛を与える行為は,違法なパワハラと評価される可能性が高い行為であるといえます。
 ただ,上司が部下に対して,叱責・注意をすることは,日常的に見られるところであり,上司の言動が業務上の指導として行われたものなのか,それとも違法なパワハラであるのか,判断に苦しむ場面もままあります。
 判例上の基準を概観すると,上司の行為が社会的に相当だといえる範囲を超えている場合には,違法なパワハラであるとされています。
 そして,社会的相当性を越えているか否かは,優越的地位を利用しているか否か,行為の行われた回数や期間,行為の態様,職務上の正当な目的があるか否かなどの様々な事情を総合的に考慮して決める傾向にあります。
 パワハラに関連した裁判例をご紹介します。



(1) A保険会社上司事件(東京高裁 平17.4.20判決

 かねてから課長代理の仕事ぶりに不満だった上司が,課長代理を含む当該部署の従業員全員に対し,課長代理を名指しして「意欲がない,やる気がないなら会社を辞めるべきだと思います。当サービスセンターにとっても,会社にとっても損失そのものです。あなたの給料で業務職が何人雇えると思いますか」などのメールを送信したことについて,課長代理が,この上司の行為は名誉毀損またはパワハラとして不法行為に該当すると主張し,慰謝料100万円を請求したケースです。
 判決では,上記メールは,本人の名誉感情をいたずらに毀損するもので,その表現において許容限度を超え,著しく相当性を欠くとして不法行為(名誉毀損)の成立を認めました(慰謝料5万円)。
 もっとも,この行為がパワハラであり,違法であるという主張については,業務上の叱咤督促という趣旨・目的は是認することができ,パワハラの意図があったとまでは認められないとしてこれを退けています。
 なお,第一審判決では,上記メールは原告(課長代理)に対する業務指導の一環として行われたものであり,私的な感情から出た嫌がらせとはいえず,表現が強いものになっているものの,いまだ人格を傷つけるものとまでは認められないとして,請求を棄却しています。

(2) 国・静岡労基署長(日研化学)事件(東京地裁 平19.10.15判決) 

 自殺した男性(製薬会社の営業所に勤務)の妻が,夫が自殺したのは,上司の暴言などのパワハラが原因だとして,労災を認めなかった労働基準監督署長の処分取消しを求めた事件です。
 自殺した男性は,上司から,営業成績や仕事の進め方をめぐってたびたび厳しい指導を受け,しかも,「存在が目障り」,「給料泥棒」,「肩にフケがベターとついている。お前病気と違うか。」などの人格否定的な発言を浴びせられていました。
 裁判所は,こうした上司の言動は,①発言内容自体が男性のキャリア・人格を否定するもので過度に厳しく,また「上司」という強い立場から発せられていること,②上司の態度には男性への嫌悪の感情があったこと,③大声で傍若無人に話し,男性への配慮がなかったこと等の観点から見て,男性に精神障害を発症させる程度に過重な心理的負荷であったと認めました。そして,この心理的負荷により男性がうつ病を発症し,自殺したものと認めました。
 この事件は,労災に関する事件であり,上司や会社に対して損害賠償請求したケースではありませんが,裁判所が,上司の言動のどういった点に着目したのかを知る意味で,参考になります。



3 パワハラを行った上司が負うリスク


(1) 民事上の責任

 パワハラ行為は,被害者の人格権(名誉・プライバシー等)や良好な職場環境で働く利益を不当に侵害する行為ですから,パワハラを行った上司は,不法行為に基づく損害賠償責任を負います(民法709条)。
(2) 懲戒処分
 また,パワハラ行為は,企業の運営や職場におけるチームワークを乱したり,他の社員の就業を妨害する行為,換言すれば,企業の秩序を乱す行為ですので,パワハラを行った上司は懲戒処分を受けることがあります。

(3) 刑事上の責任
 パワハラ行為が,身体的な接触(小突く,蹴るなど)を伴う場合,傷害(刑法204条),暴行(同法208条)等の罪に問われることがあります。なお,暴行以外の手段でパワハラが行われた場合でも,それが長期にわたったり,執拗になされる場合などは,心理的なストレスとなり,精神的障害(うつ病など)を生じさせる現実的危険性があるものとして,傷害罪に問われる可能性があります。
 また,身体的な接触を伴わない場合でも,名誉を著しく傷つける発言や,生命・身体等に害を及ぼすような発言があれば,名誉毀損(同法230条),侮辱(同法231条),脅迫(同法222条)等の罪に問われる可能性があります。



4 パワハラが発生した場合に企業が負うリスク 


 パワハラ行為が職務に関連して行われた場合には,使用者責任(民法715条)に基づき,パワハラ行為を行っていた上司を雇用していた企業も,損害賠償請求をされる可能性があります。
 また,企業は,パワハラ被害を受けた部下との間の雇用契約に基づき,パワハラなどがない良好な職場環境を整備し,配慮する義務,さらに事件発生後に適切に対応し,環境の改善に努める義務(職場環境配慮義務)を負いますので,その義務違反を債務不履行(民法415条)として,損害賠償請求される可能性もあります。
 さらに,企業が職場環境配慮義務に違反したことを理由として,不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求をされる可能性もあります。
 以上にあげたものは,企業が負う法的なリスクですが,パワハラ行為が行われることにより,当事者以外の他の社員にとっても働きづらい環境になり,士気が低下したり,あるいは企業の社会的評価が低下するなど,事実上のリスクにも見過ごせないものがあります。



5 パワハラの防止策・対応策


 企業としては,パワハラ行為を防止するために何をすべきでしょうか。また,現実にパワハラ行為が行われていた場合,どのように対応すべきでしょうか。

(1) パワハラ防止のために何をすべきか

 企業としては,①就業規則等の社内規則にパワハラ行為の禁止について規定し,パワハラ行為は懲戒処分の対象となることを周知徹底したり,管理職等を対象に,パワハラ防止のための研修会を開催するなどして事前予防を心がけることが重要です。また,②パワハラ行為についての相談,苦情の対応のための窓口を設け,速やかな問題解決が可能となるような体制を整えることも大切です。

(2) パワハラ行為が行われているのではないかという疑いが生じたら

 まずは,①事実関係の調査を行います。当事者である上司や部下のヒアリングを行うほか,現場を目撃した部下の同僚からヒアリングを行う必要がある場合もあるでしょう。
 ②事実関係を調査した上で,パワハラ行為が行われていたと認められた場合,配置転換などにより当事者を引き離すなどの配慮を行うことが必要な場合があります。
 また,被害者の精神的なショックが大きく,メンタルケアが必要な場合には,専門家の指示に基づき,企業として必要な配慮をすることが求められます。
 さらに,パワハラ行為を行った上司に対し懲戒処分,ときには懲戒解雇が必要とされる場合もあります。懲戒処分を行う場合には,前もって,就業規則に懲戒規定を設け,懲戒事由,懲戒の種類と程度を明らかにしておく必要があります。他の懲戒事由との均衡を図りながら慎重かつ公正な処分を行わなければなりません。
 さらに,③パワハラ行為が行われた原因を分析し,再発防止策を実施することも重要です。



6 最後に


 パワハラ行為が行われた場合,企業が負担するリスクはとても大きいものになります。反面,パワハラ行為などがなく,明るく楽しい職場は,企業の健全な発展のためには欠かせないものです。
 今回は触れませんでしたが,上司が部下に行うパワハラだけでなく,部下が上司に対して嫌がらせを行うこと(例えば,パソコンに強い部下が,パソコンに弱い上司を無能呼ばわりするなど)も場合によっては不法行為にあたり得ます。
 上司と部下がお互いの人格を尊重しあって明るい職場環境を築けるように,企業はもちろん,社員相互間でも,意識の向上に努めていきたいものです。
 本稿が少しでも皆様のお役に立てれば幸いです。
 以上


一覧に戻る ページTOP