「先生はもうAチームで決定だから。けっこう走れるみたいだし、なんか身体つきもランナーっぽいし。じゃあよろしくね!」「…えっ!?僕は焼肉要員のはずじゃ…!?」そんな会話をしたのは、いまからちょうど2年ほど前のことだったでしょうか。
東京弁護士会には大きく分けて3つの派閥があり、私はその中の法友会という派閥に所属しています。そして、その法友会はさらに10個の部会に分かれており、私はそのうちの1つである12部法曹同志会に所属しています。
法友会は毎年11月に、各部会対抗の駅伝大会を開催しており、昨年私は、その大会に参加してきました。参加するのは一昨年に引き続き2度目です。
 |
そもそも私は、陸上経験者ではありません。これまで本格的に打ち込んできたスポーツといえば卓球とバドミントン。早く長く走るという動作がそのまま要求されるスポーツではありません。もっといってしまえば、体を動かすことは好きですが、走ることは特段好きでもありません。 |
日常で走る場面といえば、朝寝坊したときくらい…。そんな私が法曹同志会の駅伝チームに参加することになったきっかけは、法曹同志会の新人歓迎会で、他事務所のフレンドリーな先輩方に「2ヶ月に1回くらいのペースで練習会という名前の、ちょっと走ってその後においしい焼肉を食べる会があるからおいで!新人は参加費無料だから!」と誘われたことがきっかけでした。「無料」と「期間(または数量)限定」という言葉にすこぶる弱い私は、とりあえず様子見で1回行くだけ行ってみようと、なにも考えずに練習会に参加したのでした。
とてもフレンドリーな先輩方と他事務所の同期、ペースも走る距離も各自の自由な「練習会」、練習後に行く高級店のおいしい焼肉、これは素晴らしい集まりだと思い、その後も2〜3回練習会に参加した矢先に先輩に言われたのが冒頭の言葉です。高級焼肉で完全に餌付けされた当時の新人会員に、拒否権などあろうはずがありません。
そんなこんなで、私は一昨年の駅伝大会に出場し、その後も順調にさらなる餌付けをされた私は2度目の参加も決心する(させられる?)ことになるのでした。
法曹同志会から駅伝チームは2〜3つほど結成されますが、そのうちAチームは全10数チームの中で、例年3位前後をキープしています。しかし、上位2チームとの間には大きな壁があり、今年の目標はその牙城を崩すことでした。僕は気がついたときにはAチームとしてエントリーされてしまっていました。1区間約3キロ(1チーム4人)と距離は短いですが、上位2チームの牙城を崩すには、全力疾走が求められます。Aチームは1キロ4分30秒ペースが全体の目標とされていました。会場は大島小松川公園の河川敷沿いです。まっすぐな道を1.5キロメートル地点で折り返してまたスタート地点に戻ってくるコースでした。
  
あれよあれよと一区に配置された私は、スタートを待ちます。慣れない紫色のたすきを肩にかけるとなんだか落ち着きません。この大会の特別ルールで、チームに女性を含む場合には、2分間のハンディキャップが与えられ、一区が先にスタートするため、私がスタートする頃には、先発組の姿はもう豆粒のように小さくなっています。
スタート時間である午前10時頃には、もう太陽が高く昇り始めていました。河川敷で周囲に遮るものがないため、右手から差してくる日差しがとてもまぶしく感じます。ヨーイドン、の合図とともに、無心で走り出しました。チームメイトの声援が聞こえたような気がしましたが、うまく耳に入ってきません。走り始めて驚いたのが一緒にスタートしたライバルたちのペースです。スタートして300メートルくらいの地点で私は、(後発組で数えて)前から5番目ほど。それでも手元の時計でペースを確認すると、1キロ3分30秒台のハイペース。前半からしっかり飛ばして臨んだにもかかわらずじりじり離されていく光景に私は焦りと絶望を感じました。
1キロ地点に到達した私の順位はなお変わらずでした。どうしよう、と焦る私を救ってくれたのは手元の時計の表示でした。だいぶペースが落ちてしまったかなと思いながら手元の時計を確認すると1キロ4分弱ほどのペース。このペースを続けるだけでも、目標は十分すぎるほど達成できます。その瞬間、これは徒競走ではなく、駅伝であることを思い出しました。
私の役割は一区で2位につけることではなく、目標タイムをキープして、良い状況でチームメイトにたすきをつなぐことなのです。私はもう少しペースを落とすことにして、目標タイム達成に集中することにし、前の人影は追いかけないことにしました。その瞬間、私を襲っていた焦りはどこかに消え、自分との戦いに集中できるようになりました。 |
 |
折り返し地点を超え、2キロ地点に到達しました。前半飛ばしていたこともたたって、かなり息があがってきました。しかし、止まってしまうわけにはいきません。地道にペースを守ってきた甲斐もあり、前にいた人影が少しずつ大きくなってくるのが分かりました。私は、人より運動神経がよいわけでも、持久力に優れているわけでもありませんが、負けん気は人一倍強いと思います。身体はもうちぎれてしまいそうでしたが、こうなったらもう気力で勝負してやろうと思い、ペースをあげることにしました。上にも書きましたが、私がいままで取り組んできたスポーツは卓球とバドミントンです。いずれも団体戦はありますが、個人戦の集合で、どんなに点差をつけて勝利しても、接戦で勝利しても1勝の価値は同じです。しかし、駅伝は、1秒でも早くゴールインすることが、チームメイトを助けることになります。つりそうな足と溺れそうな呼吸の中、最後のスパートをかけます。少しずつゴール地点が見えてきました。頭にあったのは、1秒でも早くたすきをつなぐことだけでした。
その後、結局2人ほど追い抜いて、ゴール地点がやっとみえてきました。右手の土手で応援してくれるチームメイトを見る余裕などなく、スタート地点で待つ次のランナーを必死に探しながら、なんとかゴールしました。手元の時計では、1キロあたり4分3秒ペースとなっていました。目標を達成した喜びや、プレッシャーから開放された安堵はもちろんありましたが、自分の成果とチームメイトの成果がシームレスにつながる一体感の中に、これまでの人生であまり味わったことのない不思議な心地よさを感じました。
その後、結局、チームはエースランナーの活躍もあり、最終的には全体2位の好成績で大会を終えることができました。 |
 |
最初は焼肉につられて参加したコミュニティですが、今では私にとって、とても大きなつながりになっています。「来年はキロ4分を切ります!」目標タイムを達成した余韻に任せてこう宣言してしまった私は、最近話題の厚底ランニングシューズを品定めしつつ、また高級焼き肉に連れられていくのでした。
|