王 様 と 私
      
S ・ S




 私が荒井総合法律事務所に入所し,弁護士の一員となってまもなく5ヶ月がたとうとしている。最近は,少しずつ私が主担当として取り組む事件も増え,毎日が勉強の日々である。
 現在,当事務所で大流行中のゴルフについても,日夜猛練習を重ねた成果か,少しはクラブが言うことを聞いてくれるようになってきた。以前はチョロは当たり前,池と見たら叩き込んでいた私だったが最近はやっと暗黒時代から脱出し,下手なりにコースを楽しむ余裕が出てきたような気がしている。


★「人による支配」?★


 ところで先日,ある案件で一緒に仕事をさせて頂いた会計士の方々と食事をさせて頂く機会があった。民事事件を担当すれば会計士の方にお会いする機会も当然多いのだが,私が「会計士」という言葉を聞く度に思い出す人物が一人いる。それは私の父である。

 彼は私の人生劇場においては最重要人物かつヒールである。会計士であった父は今は監査法人を辞めて独立し自宅で税理士をしている。星一徹ばりに頑固な父はまさしく我が家の暴君であった。

 彼は幼い頃に父親を亡くしたせいか,いい父親たらんと努力し過ぎたようである。中学生の私に東大受験レベルの数学を解かせて出来ないと殴ったり,「食事中の私語厳禁」と命じておきながら突然「何故うちには家族団欒がないんだっ」と叫んで箸を投げ付けたり,明らかに行き過ぎた教育理念を持っており,かつ持ち前の勤勉さでそれを押し通そうとするのである。


 しかし教育熱心な半面,私の教育資金にと母が積み立てた学費を家族に無断で株につぎ込んでしまうなど,その政治は余りに恣意的であった。

 そして監査法人を辞めて独立した後は自分が自宅で仕事をしやすくするために,母に社労士をとるよう命じ,母は三年がかりで社労士をとった。それが案外依頼が多かったため,私も母の地盤を引き継ごうと目論み社労士をとったところ,「親の力を当てにするな。世の中そんなに甘くない!」と一喝された。あてが外れた私は心機一転,司法試験を目指すことにした。


★いつか王様を超える日★


 司法試験の受験中は,「大学を卒業したのだから家に金を入れろ」と私に新聞配達のバイトをするよう命じた。他のバイトでもよかったはずだが,自分がかつてやっていた新聞配達を私にもさせたかったらしい。お蔭様で朝刊夕刊の配達があるため,細切れにしか睡眠がとれず,おまけに明け方に雨に打たれる辛さときたらなかった。特に冬の雨の日については今でもちょっとしたトラウマである。


 しかし何か辛い事があっても「あの冬の雨の新聞配達に比べれば…」と乗り越えられるのも,弁護士となれたのも,今の自分があるのは残念ながら暴君のおかげと言えなくもない。


 先日私の就職祝いの席で父は「これで一緒に仕事ができるな」と嬉しそうに話していた。公園で「男と手をつなぐ趣味はない」と幼い私の手を振りほどいた父。彼と仕事を通じて手をつなぐ日は来るのだろうか。その時は私を一人前の弁護士として父に認めさせてやりたい。そしてその時私は男として父を越えるのだ。

 勿論日々の業務のやりがいが仕事へのモチベーションとなっているのだが,動機は多いに越したことはない。

父を越える日は着々とやってきている。勿論楽しみではあるが,何だかさみしい気もする。

追記 ちなみに父はゴルフさえあれば生きていける男である。正月に顔を合わせた時に「夏にはコースを一緒に回れるな」と酔った父はいつになくはしゃいでいたが,息子が彼を仮想敵国として着々と力をつけているのに気付いているのだろうか。

決戦の日は近い。


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