自宅待機(休業)と賃金支払義務

弁護士 福原 勇太  
 
1.はじめに

 昨今,新型コロナウイルス感染症の拡大により,世界中の国や地域における社会生活や経済活動に多大な影響が生じています(令和2年5月10日現在における世界全体の感染者数は約400万人,死亡者数は約28万人とされています。)。日本国内においても,実施期間を令和2年5月6日までとする緊急事態宣言が発令されましたが,その後の5月4日の専門家会議の結果,5月31日まで延長されることになりました。
 本稿校了時点(同年5月10日)では,一日当たりの感染者数が連日2桁台まで減少してきているほか,治療薬の承認や,特定警戒都道府県以外の34県につき前倒しでの緊急事態解除宣言が検討されるなど,一見して収束の方向に向かいつつある一方で,未だ「医療崩壊」が解消されていない地域があり,また,緊急事態解除宣言がなされた場合における「第二波」の懸念など,完全な収束時期については目途が立ちません。

 緊急事態宣言の発令を受けて,営業自粛や事業縮小を余儀なくされた企業も数多く存在すると思います。そのような企業が従業員に対して自宅待機(休業)を命じた場合,企業はその従業員に対して賃金を支払う必要があるのかという問題があります。
 本稿では,労務を提供していない従業員に対する賃金支払義務の発生要件について解説した後,新型コロナウイルスに関連して自宅待機を命じられた従業員に対する賃金支払義務について説明します。

2.賃金支払義務について

(1)  労働契約は,「労働者が使用者に使用されて労働し,使用者がこれに対して賃金を支払う」ことを内容とするものですので(労働契約法6条),賃金は,労働者の労務提供への対価ということができます。そのため,労働者が欠勤や遅刻により労務提供をしなかった日や時間については,使用者はその労働者に対して賃金を支払う義務は負いません(ノーワーク・ノーペイの原則)。

 もっとも,労働者が労務提供の意思を有し,かつ,その用意をしているにもかかわらず,その労務提供が不可能な場合や,使用者側がその労務提供の受領を拒否する場合があります。このように,労働者の責任によらずして労務提供がなされない場合にも,ノーワーク・ノーペイの原則のもと,使用者に賃金支払義務は生じないことになるのでしょうか。
 このような場合,労務提供がなされないことにつき,使用者側に「責に帰すべき事由」があるか否かで,賃金支払義務の有無を判断します(民法536条,労基法26条)。

(2)  まず,民法536条2項では,「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは,債権者は,反対給付の履行を拒むことができない。」と定められています。
 「債権者の責めに帰すべき事由」とは,債権者の故意,過失又は信義則上これと同視すべき事由を指すものと解されているため,使用者の故意,過失(又は信義則上これと同視すべき事由)により労働者が労務提供できない場合,使用者は労働者に対して「反対給付を拒むことができ」ず,賃金を満額支払う義務を負います(明星電気事件・前橋地裁昭和38年11月14日)。

 例えば,使用者が,懲戒解雇の要件を満たしていないにも関わらず,懲戒解雇を言い渡したことで,労働者が労務提供できなかった場合が上記に該当し,使用者は労務提供ができなかった期間分の賃金を支払う義務を負います(ただし,民法536条2項は任意規定ですので,就業規則,労働協約,個別契約等でその適用を排除する旨を明確に規定することにより,その適用を排除することができます(いすゞ自動車事件・東京地判平成24年4月16日)。)。

(3)  労働基準法26条では,「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては,使用者は,休業期間中当該労働者に,その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。」と定めています。
 「使用者の責に帰すべき事由」の解釈につき,ノースウエスト航空事件(最判昭和62年7月17日)では,次のように判示しています。

「労働基準法二六条の「使用者の責に帰すべき事由」の解釈適用に当たっては,いかなる事由による休業の場合に労働者の生活保障のために使用者に前記の限度での負担を要求するのが社会的に正当とされるかという考量を必要とするといわなければならない。このようにみると,右の「使用者の責に帰すべき事由」とは,取引における一般原則たる過失責任主義とは異なる観点をも踏まえた概念というべきであって,民法五三六条二項の「債権者ノ責ニ帰スヘキ事由」よりも広く,使用者側に起因する経営,管理上の障害を含むものと解するのが相当である。」

 この「使用者側に起因する経営,管理上の障害」とは,使用者の支配圏内で生じた問題をさします。例えば,機械の検査,原料の不足,流通機構の不円滑による資材入手難,監督官庁の勧告による操業停止,親会社の経営難のための資金・資材の獲得困難(昭和23年6月11日基収1998号)等がこれにあたり,そのために労務提供ができなかった労働者に対して,使用者は平均賃金の60%以上の額の休業手当を支払わなければなりません。

 他方,使用者の支配の及ばない「不可抗力」による事由については,「使用者側に起因する経営,管理上の障害」に該当しないとされて,これにより労働者が労務を提供できなかった場合においても,使用者に休業手当の支払義務は生じません。
 「不可抗力」の例として一般的に挙げられるのは,台風や地震等の天災事変(による交通機関の停止)ですが,この点につき通達では,次のように使用者の安易な不可抗力の抗弁を戒めています(昭和41年6月21日基発630号)。

「雨天等による休業の場合についても,それが自然現象によるものであるという理由のみで一律に不可抗力による休業とみなすべきものではなく,客観的に見て通常使用者として行うべき最善の努力をつくしても,なお就業させることが不可能であったか否か等につき当該事案の諸事情を総合勘案のうえ,『使用者の責に帰すべき事由による休業』であるか否かを判断すべきものである。」

 また,厚生労働省のウェブサイト(本稿末尾のURLからご覧になれます。)では,上記通達の内容も踏まえて,不可抗力に該当するための要件を明示していますので,こちらも参考になると思います。

「①  その原因が事業の外部より発生した事故であること
 ②  事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故であること
  の2つの要件を満たすものでなければならない」

3.新型コロナウイルス感染症に関連して自宅待機を命じた場合

 以上を踏まえて,新型コロナウイルス感染症に関連して自宅待機(休業)を命じた場合における賃金の支払義務についてみていきます。
 なお,新型コロナウイルス感染症に関連して自宅待機命令を発することにつき,債権者(使用者)に故意,過失又はこれと同視すべき事由がある(=民法上の「債権者の責に帰すべき事由」が認められる)とは考えがたいので,以下では,休業手当の支払義務の有無(「使用者の責めに帰すべき事由による休業」への該当性)について述べます。

(1)  新型コロナウイルスに感染した従業員に対する自宅待機命令
 新型コロナウイルスに感染した従業員に対して自宅待機(休業)を命じた場合には,「使用者の責に帰すべき事由による休業」には該当せず,休業手当を支払う義務はないと考えるのが一般的です。
 なお,被用者保険に加入している場合には,要件を満たすことにより,各保険者から傷病手当金が支給されます。

(2)  新型コロナウイルスへの感染が疑われる従業員に対する自宅待機命令
  新型コロナウイルス感染症を発症しているのか不明であるものの,従業員において,感染者と濃厚接触をした場合や,微熱や咳等の新型コロナウイルス感染症の症状と類似の症状を発症した場合を想定します。従業員としては,職務の継続が可能な程度の健康状態であり,かつ労務提供の意欲があるにもかかわらず,使用者の自主的な判断で自宅待機(休業)させる場合,使用者は休業手当を支払う義務を負うのでしょうか。

 この点につき,厚生労働省は,ウェブサイト上において,次のような見解を示しています。
 まず,濃厚接触者に対して自宅待機を命じた場合につき,「『帰国者・接触者相談センター』での相談結果を踏まえても,職務の継続が可能である方について,使用者の自主的判断で休業させる場合には,一般的に『使用者の責に帰すべき事由による休業』に当てはまり,休業手当を支払う必要があります。」としています。
 また,発熱などの症状を訴える従業員に対して自宅待機を命じた場合につき,「例えば発熱などの症状があることのみをもって一律に労働者に休んでいただく措置をとる場合のように,使用者の自主的な判断で休業させる場合は,一般的には『使用者の責に帰すべき事由による休業』に当てはまり,休業手当を支払う必要があります。」としています。

 私見としては,日本国民が一丸となって感染拡大の防止に取り組んでいる中で,感染の疑いがある従業員を休業させるというのはある種当然の措置ですし,他の従業員の健康を守る上でも必要な措置ですので,不可抗力の要件である「①その原因が事業の外部より発生した事故であること,②事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故であること」を満たすケースもありうると考えますが,厚生労働省としては,新型コロナウイルス感染症の疑いがあるというのみでは不可抗力に該当せず,そのような従業員に対して自主的な判断で自宅待機を命じることは「使用者の責めに帰すべき事由による休業」に当たると考える傾向にあるようです(もっとも,この点については,裁判例は未だ無く,学者や弁護士の見解も分かれています。)。

(3)  要請等に基づく事業の自粛・縮小に伴う自宅待機命令等
 都道府県知事は,施設管理者又はイベント主催者に対し,施設の使用停止又は催物の開催の停止(≒休業)を要請することができます。この休業要請には,(i)新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下「特措法」といいます。)45条2項に基づく場合と,(ii)同法24条9項に基づく場合の2パターンがあります。
 (i)特措法45条2項に基づく場合には,正当な理由なくこれに応じない者に対して,休業の指示をすることができ(同条3項),指示がなされた場合には企業名が公表されることになっています(同条4項)。
 (ii)同法24条9項に基づく場合については,これに応じないことによる指示や公表の制度がありません。
 その他,(iii)特措法によらずに休業の協力依頼がなされる場合もあります。

 東京都の場合,令和2年4月10日時点において,(i)特措法45条2項に基づく休業要請はなされず,(ii)同法24条9項に基づく休業要請と,(iii)同法によらない休業の協力依頼がなされたので,これに応じなかったとしても,現行法令による限り,指示及び企業名の公表がなされることはありません。休業要請や協力依頼を受けた企業において,営業を自粛し,従業員を自宅待機(休業)させる場合,従業員に休業手当を支払う義務はあるのでしょうか。

 これについても,「不可抗力」への該当性(①その原因が事業の外部より発生した事故であること,②事業主が通常の経営者としての最大の注意を尽くしてもなお避けることができない事故であること)を検討する必要があり,この点につき,厚生労働省の見解は次のとおりです。

「 ①に該当するものとしては,例えば,今回の新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく対応が取られる中で,営業を自粛するよう協力依頼や要請などを受けた場合のように,事業の外部において発生した,事業運営を困難にする要因が挙げられます。
 ②に該当するには,使用者として休業を回避するための具体的努力を最大限尽くしていると言える必要があります。具体的な努力を尽くしたと言えるか否かは,例えば,
自宅勤務などの方法により労働者を業務に従事させることが可能な場合において,これを十分に検討しているか
労働者に他に就かせることができる業務があるにもかかわらず休業させていないか
 といった事情から判断されます。」

 休業要請や協力依頼が「①事業の外部において発生した,事業運営を困難にする要因」に該当することについては異論はないと思われますので,以下,要件②について私見を述べます。
 まず,(i)特措法45条2項に基づく休業要請を受けた場合については,これに応じない場合には指示とともに企業名が公表される可能性があります。企業名の公表は,その企業の社会的評価に対して悪影響を及ぼしますので,休業は不可避的であるといえます。そのため,代替手続(自宅勤務等により労働者を業務に従事させるなど)が取りえない場合には,②休業を回避するための具体的な努力を尽くしようがない(又は代替手続を検討したことをもって「具体的な努力」を尽くした)といえ,不可抗力に当たり,休業手当の支払義務は生じないものと考えます。
 これに対して,(ii)特措法24条9項に基づく休業要請や(iii)特措法によらない協力依頼については,現時点においては企業名が公表されるリスクはありませんが,そのようなリスクがないからといって,休業要請や協力依頼に漫然と背くことは妥当ではありません。上記(i)と同様,代替手続が取りえない場合には,不可抗力による休業として,休業手当の支払義務は生じないものと考えます。
 なお,休業要請も協力依頼も受けていない企業において,従業員の健康に配慮して自主的な判断で休業を決断した場合には,不可抗力にはあたらず,休業手当の支払義務が生じると考えることになると思われます。
 以上に述べたところについても,未だ裁判例は存在せず,学者や弁護士によって意見が分かれるところです。

4.さいごに

 以上,自宅待機(休業)を命じられた従業員の賃金(休業手当)の支払義務につき,新型コロナウイルス感染症に関連付けて,みてきました。
 使用者においては,休業手当の支給の有無につき,上記要件を十分に吟味した上で,労働者に対して説明を行ってください。
 休業手当の支払義務の有無にかかわらず,経済上の理由により事業活動の縮小を余儀なくされた事業主に対しては,支給要件を満たすことにより,(事業主が支払った休業手当の額に応じて)一定額の雇用調整助成金が支払われることになっています。仮に法的には休業手当の支払義務が生じていない場合であっても,上記助成金制度の利用を検討してみてはいかがでしょうか。
 厚生労働省のウェブサイトには,本稿の内容以外にも,新型コロナウイルスに関連して皆様が疑問に感じていらっしゃるであろう点につき,詳細に解説しております。
以 上
厚生労働省『新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)令和2年5月7日時点版』
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00007.html#Q4-1  (閲覧日:令和2年5月10日)

(参考文献)
菅野和夫(2019)『労働法〔第12版〕』弘文堂
労務行政研究所(2010)『新版 新・労働法実務相談』労務行政
・  五三智仁「新型コロナウイルス感染症への実務対応 従業員の労務管理等Q&A(2)」,『NBL』2020年5月1日号,p37,商事法務


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