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労働契約は,「労働者が使用者に使用されて労働し,使用者がこれに対して賃金を支払う」ことを内容とするものですので(労働契約法6条),賃金は,労働者の労務提供への対価ということができます。そのため,労働者が欠勤や遅刻により労務提供をしなかった日や時間については,使用者はその労働者に対して賃金を支払う義務は負いません(ノーワーク・ノーペイの原則)。
もっとも,労働者が労務提供の意思を有し,かつ,その用意をしているにもかかわらず,その労務提供が不可能な場合や,使用者側がその労務提供の受領を拒否する場合があります。このように,労働者の責任によらずして労務提供がなされない場合にも,ノーワーク・ノーペイの原則のもと,使用者に賃金支払義務は生じないことになるのでしょうか。
このような場合,労務提供がなされないことにつき,使用者側に「責に帰すべき事由」があるか否かで,賃金支払義務の有無を判断します(民法536条,労基法26条)。
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まず,民法536条2項では,「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは,債権者は,反対給付の履行を拒むことができない。」と定められています。
「債権者の責めに帰すべき事由」とは,債権者の故意,過失又は信義則上これと同視すべき事由を指すものと解されているため,使用者の故意,過失(又は信義則上これと同視すべき事由)により労働者が労務提供できない場合,使用者は労働者に対して「反対給付を拒むことができ」ず,賃金を満額支払う義務を負います(明星電気事件・前橋地裁昭和38年11月14日)。
例えば,使用者が,懲戒解雇の要件を満たしていないにも関わらず,懲戒解雇を言い渡したことで,労働者が労務提供できなかった場合が上記に該当し,使用者は労務提供ができなかった期間分の賃金を支払う義務を負います(ただし,民法536条2項は任意規定ですので,就業規則,労働協約,個別契約等でその適用を排除する旨を明確に規定することにより,その適用を排除することができます(いすゞ自動車事件・東京地判平成24年4月16日)。)。
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労働基準法26条では,「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては,使用者は,休業期間中当該労働者に,その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。」と定めています。
「使用者の責に帰すべき事由」の解釈につき,ノースウエスト航空事件(最判昭和62年7月17日)では,次のように判示しています。
「労働基準法二六条の「使用者の責に帰すべき事由」の解釈適用に当たっては,いかなる事由による休業の場合に労働者の生活保障のために使用者に前記の限度での負担を要求するのが社会的に正当とされるかという考量を必要とするといわなければならない。このようにみると,右の「使用者の責に帰すべき事由」とは,取引における一般原則たる過失責任主義とは異なる観点をも踏まえた概念というべきであって,民法五三六条二項の「債権者ノ責ニ帰スヘキ事由」よりも広く,使用者側に起因する経営,管理上の障害を含むものと解するのが相当である。」 |
この「使用者側に起因する経営,管理上の障害」とは,使用者の支配圏内で生じた問題をさします。例えば,機械の検査,原料の不足,流通機構の不円滑による資材入手難,監督官庁の勧告による操業停止,親会社の経営難のための資金・資材の獲得困難(昭和23年6月11日基収1998号)等がこれにあたり,そのために労務提供ができなかった労働者に対して,使用者は平均賃金の60%以上の額の休業手当を支払わなければなりません。
他方,使用者の支配の及ばない「不可抗力」による事由については,「使用者側に起因する経営,管理上の障害」に該当しないとされて,これにより労働者が労務を提供できなかった場合においても,使用者に休業手当の支払義務は生じません。
「不可抗力」の例として一般的に挙げられるのは,台風や地震等の天災事変(による交通機関の停止)ですが,この点につき通達では,次のように使用者の安易な不可抗力の抗弁を戒めています(昭和41年6月21日基発630号)。
「雨天等による休業の場合についても,それが自然現象によるものであるという理由のみで一律に不可抗力による休業とみなすべきものではなく,客観的に見て通常使用者として行うべき最善の努力をつくしても,なお就業させることが不可能であったか否か等につき当該事案の諸事情を総合勘案のうえ,『使用者の責に帰すべき事由による休業』であるか否かを判断すべきものである。」 |
また,厚生労働省のウェブサイト(本稿末尾のURLからご覧になれます。)では,上記通達の内容も踏まえて,不可抗力に該当するための要件を明示していますので,こちらも参考になると思います。
「① |
その原因が事業の外部より発生した事故であること |
② |
事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故であること |
の2つの要件を満たすものでなければならない」
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