|
|
今回は、昨年11月に当事務所が開催したセミナーのうち、私が担当したパートタイム・有期雇用労働法の改正について、簡単にご紹介していきます。セミナーに参加された方は復習として、セミナーに参加されなかった方は、情報のアップデートとして、是非ご一読ください。
平成30年6月に成立した働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律(いわゆる働き方改革法)は、長時間労働の是正、多様で柔軟な働き方の実現等、雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保の3つの達成を大きな目標としています。今回私は、雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保に関連し、令和2年4月1日(中小企業は令和3年4月1日)から施行されることになった短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(いわゆるパートタイム・有期雇用労働法)について解説します。
|
|
そもそもなぜ雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保を実現する必要が出てきたのでしょうか。
近年の日本では、契約社員や派遣労働者の割合が増加し、3人に1人以上がいわゆる非正規労働者となっています。そしてその非正規労働者の平均年収が平成29年のデータで175万円にとどまっており、正規労働者との格差が拡大していたからです。その原因の1つには、同じような職務や責任を課されて仕事をしているにもかかわらず、非正規であることの一事をもって正規労働者と異なる処遇を受けている労働者が多く存在していたことが考えられます。
このような現状の中で、通常の労働者と短時間・有期雇用労働者の不合理と認められる待遇の相違の解消をし、労働者がどのような雇用形態及び就業形態を選択しても納得できる待遇を受けられるようにし、多様な働き方を自由に選択できるようにすることで、各国民の所得を増加し、ひいては日本経済を活性化させるという目的のもと、今回非正規労働者の待遇差について改正がなされることになりました。
|
(1) |
どの点が改正されたのか。
具体的な改正内容としては、大きく分けて、①非正規労働者における不合理な待遇差をなくすための規定の整備、②労働者に対する待遇に関する説明義務の強化、③裁判外紛争解決手続「行政ADR」の規定の整備等の3つが挙げられますが、この中でもっとも重要なのは①ですので、今回は①に絞って解説していきます。
雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保のキーワードとして、均衡・均等待遇という言葉があります。均衡待遇というのは、職務等に違いがあるのであれば違いに応じた賃金を支払わなければならないという概念であり、均等待遇とは、職務等が同じであれば同じ賃金を支払わなければならないという概念です。
この均衡・均等待遇は、今回の改正法で初めてでてきた概念ではなく、改正前パートタイム労働法の8条及び9条で、短時間労働者に関する均衡・均等待遇が、労働契約法20条で有期雇用労働者に関する均衡待遇が、それぞれ定められていました。
もっとも、有期雇用労働者に関する均等待遇を定めた条文が存在していなかったところ、今回成立したパートタイム・有期雇用労働法にて、短時間労働者と有期雇用労働者両方の均衡・均等待遇が定められることになりました。そしてこの改正に伴い、有期労働者に関する均衡待遇を定めていた労契法20条は削除されることになりました。
また、待遇格差の比較対象について、改正前では、事業所単位とされていたところ、改正法では、事業主単位とされることになりました。
さらに、改正法では、待遇の差異の比較に際しては、総体的な待遇同士を比較するのではなく、最近の最高裁の判例の考えを受けて、待遇を基本給や賞与、その他各手当等に分解して、それぞれ個別に比較して検討することが明示されています。
|
(2) |
均衡・均等待遇の内容
パートタイム・有期雇用労働法8条は、「事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。」と定め、同法9条は、「事業主は、職務の内容が通常の労働者と同一の短時間・有期雇用労働者であって、当該事業所における慣行その他の事情からみて、当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されることが見込まれるものについては、短時間・有期雇用労働者であることを理由として、基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、差別的取扱いをしてはならない。」としています。
要するに、同一企業内において、通常の労働者と短時間・有期労働者との間で、基本給や賞与などのあらゆる待遇について、不合理な待遇差を設けることが禁止されることになります。
「通常の労働者」とは、当該業務に従事する者の中にいわゆる正規型の労働者がいる場合は、当該正規型の労働者を指すとされていますので、基本的には正規労働者を比較対象とすることになります。
また、比較すべき待遇は「あらゆる待遇」とされていますので、基本給、賞与、諸手当はもちろんですが、教育訓練や福利厚生などについても比較対象とされることになります。
|
|
上記のとおり、禁止されるのは、あらゆる待遇差ではなく、「不合理」な待遇差です。不合理性を判断するにあたっては、職務の内容(業務の内容、難易度、専門性、その責任の程度等)と、職務の内容や配置の変更の範囲(転勤・昇進、本人の役割の変化の有無・範囲等)を考慮するとされています。また、均衡待遇に関しては、その他の事情として、職務の成果、意欲、能力又は経験等、所定労働時間の長さ、残業業務の有無、勤続年数、過去の貢献度、定年後再雇用等も考慮されるとされています。
しかし、これらを考慮するとしても、具体的にどのような待遇差が「不合理」なのかどうかは非常に曖昧な概念ですので、具体例がないと、各企業が改正法に対応することは非常に困難です。そこで、今回の改正法の施行に合わせて、厚労省から、短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針(いわゆる「同一労働同一賃金ガイドライン」)が策定・公表され、基本的な考え方及び問題となる例とならない例が具体化されています。
ガイドラインの具体的な内容は、今回の記事には書き切れないため、是非厚労省のHPなどで直接確認していただきたいのですが、例えば、役職手当については、「役職の内容に対して支給するものについて、通常の労働者と同一の内容の役職に就く短時間・有期雇用労働者には、通常の労働者と同一の役職手当を支給しなければならない。また、役職の内容に一定の相違がある場合においては、その相違に応じた役職手当を支給しなければならない。」としたうえで、問題とならない例、問題となる例を次のとおり掲げています。
また、同ガイドラインでは、特殊作業手当、特殊勤務手当、精皆勤手当、時間外労働手当の割増率、深夜・休日労働手当の割増率、通勤手当・出張旅費、食事手当、単身赴任手当、地域手当等の諸手当や、福利厚生施設の利用、転勤者用社宅、慶弔休暇、健康診断に伴う勤務免除・有給保障等は、「原則として同一の支給を行わなければならない。」としています(もちろん非正規労働者の労働時間や勤務日数に応じて、例外もあります。)。
要するに、各待遇それぞれについて、支給目的と支給実態の間に乖離がないかをひとつひとつ丁寧に検討することが求められているといえます。また全体的な傾向として、賃金に関する部分は、その労働者の職務内容等に応じた比例的な支給で足りるとされることが多いですが、福利厚生面は、原則として同一の扱いを求めるものが多いといえます。福利厚生面は、職務の内容等によって必要性の有無が大きく変化するものではなく、「その会社に属していること」を理由として提供されることが一般的であるからといえるでしょう。
|
|
改正法の施行日は、令和2年4月1日(中小企業は令和3年4月1日)からとなっており、間近に迫っていますので、非正規労働者を雇っている企業は早急な対応が求められることになります。
まずは、現状においてそもそも待遇差が存在するのかどうかを確認し、待遇差が存在するのであれば、その待遇差を設けた理由がきちんと労働者に対して具体的に説明できるようなものになっているのかどうかを検討すべきでしょう。その上で、待遇差が存在する具体的理由がうまく説明できないのであれば、まずは、職務の内容や、責任の程度、配転可能性等を考慮し、それぞれの雇用区分や、各人のスキルに応じた職務分掌となるよう見直したり、雇用契約書や就業規則を改訂したり、場合によっては、待遇を正規労働者と(部分的に)合わせたりしたりするといった対応が必要になってきます。(正規労働者の待遇を切り下げることで非正規労働者との待遇差を解消するという対応をとる場合には、いわゆる不利益変更が問題となってしまいますので、ご注意ください。)
その際、すべての待遇差をガイドラインどおりにする必要があるのかどうかは難しい問題です。ガイドラインはあくまでも行政の解釈であって、裁判所の考え方そのものではありませんので、ガイドラインと異なる待遇差となっていても、その一事をもって即座に裁判において違法とされるものではありません(もっとも、今後裁判所が、今回の同一労働同一賃金ガイドラインを参考にするような場面が増える可能性はあるでしょう)。
また、今回の同一労働同一賃金ガイドラインに記載された内容は、企業側弁護士の目線からすると、厚労省の思い描くこれからの日本社会の理想を多分に含んでいるように思われます。したがって、現状、改正法の施行日から、ガイドラインの求める水準を完璧にクリアできる体力をもつ企業はほんの一部の大企業に限られると思われ、労基署も改正法施行後しばらくは、あまり厳格にガイドラインを運用しないのではないかと予想されます。
各企業の対応としては、まずは相対的に企業へ与える負担の小さい手当部分や、福利厚生面の見直しの着手から始め、企業の財政に与える影響が大きいと考えられる退職金や賞与の差異への対応については、労基署の動向や今後の最高裁判例の蓄積、他の大企業の対応をまずは見守ることにならざるを得ないように思われます。
もっとも、労基署や、裁判例の動向がいつ劇的に変化するのかはだれにも分からないことですので、この問題を放置していいことにはなりません。改正法の施行前である今のうちから、正規労働者と非正規労働者の待遇に関する事実の把握と、分析を怠らないようにするとともに、企業の体力面を考慮して、できるところから少しずつ見直しに取り組んでいくことが、労働環境の向上、ひいては、企業における生産性向上にもつながっていくことでしょう。
|
・ |
服部弘・佐藤純編著(2019年)『同一労働同一賃金の法律と実務 Q&Aでわかる均等・均衡待遇の具体例』(中央経済社) |
|