固定残業代制度について

弁護士 福原 勇太  
 
1.はじめに

 会社は、時間外労働、法定休日労働および深夜労働をした従業員に対して、割増賃金(残業代)を支払う義務を負います。この残業代を定額で支払う制度が、いわゆる「固定(定額)残業代」制度であり、その支払方法は、(1)基本給に組み込んで支払うタイプ(定額給付制)と、(2)「○○手当」等、他の賃金と区別して定額で支払うタイプ(定額手当制)の2種類です。
 しかし、制度設計や実際の運用を誤ったために、会社としては、残業代の趣旨で支払っていたつもりでも、残業代とは認められなかった(=固定残業代として無効であると判断した)裁判例はたくさんあります。
 残業代として支払っていると認められなければ、残業代が未払いとされるだけでなく、支払いを命じられる残業代計算の際の基礎賃金に、固定残業代に相当する金額を含めて計算しなければならず、未払い残業代の額が膨大になるおそれがあります。
 また、制度設計や実際の運用があまりにも杜撰であると、裁判になった際、その膨大な未払い残業代と同額の罰金(付加金、労基法第114条)の支払いを命じられる可能性もあります。
 以上のように、固定残業代制度を導入する場合には、その制度設計や実際の運用に注意が必要です。そこで、本稿では、過去に固定残業代の有効性が争われた裁判例を踏まえて、固定残業代として有効と認められるために重視されるポイントを解説していきます。
 

2.固定残業代として認められるために重視されるポイント

(1)  残業代に当たる部分の明確な区別
 
 固定残業代の有効性が争われる裁判において、裁判所が最も重視するポイントは、従業員が、自身の給料につき、通常の賃金部分と残業代部分を明確に区別することができ、従業員自身において「給料の内、この部分が残業代に相当する部分である。」と判断することができることです(明確区分性要件、最判昭和63年7月14日等)。
 裁判所が明確区分性要件を重視する理由は次のとおりです。すなわち、従業員には、労基法上の計算方法で算出される金額(以下「法所定の金額」といいます。)以上の額の残業代の支払いを受ける権利があります(法第37条第1項)。通常の賃金部分と残業代部分とを明確に区別しておくことにより、従業員は、自分が法所定の金額以上の残業代の支払いを受けられているのかを、自分自身において判断することができ、上記権利が保障される(法所定の金額に満たない額の残業代しか支払ってもらえていない場合には、不足分の支払いを求めることができる)というわけです。
 固定残業代制度を導入する場合には、以下のとおり、残業代の金額と、何時間分の残業に相当するのか、という2点を従業員に対して明示してください。


 金額の明示

 基本給や日給、年俸、手当に残業代が含まれているものの、何円分が残業代であるのかがはっきりしない場合、そのような固定残業代制度は無効とされる傾向にあります(最判平成6年6月13日、東京地判平成23年12月27日等)。
 そのため、例えば基本給に含めて残業代を支払う場合には、雇用契約書や労働条件通知書等に、

基本給 ××円(時間外労働○時間分の割増賃金△△円を含む。)

というように、基本給の内の何円分が残業代であるのかを明示する必要があります。
 他方、基本給とは別個の手当として残業代を支払う場合には、

□□手当 △△円(時間外労働の有無にかかわらず、〇時間分の時間外手当として支給)

などと明示すると、この手当が固定残業代の趣旨であることが従業員にも明確に伝わると思います。なお、手当の名称(「□□手当」)については、特に決まりはありません(裁判例の中には、「セールス手当」、「営業手当」、「特例手当」などの名称の固定残業代を有効と認めたものもあります。)。
 また、通常残業(午後10時に及ばない法定時間外労働)と、深夜残業及び法定休日労働とでは、それぞれ割増率も異なりますので、一つの手当に全ての残業代を含めてしまうと、どの部分がどの残業代であるのかが不透明になってしまうおそれもあります。そのため、例えば、通常残業にかかる固定残業代の趣旨で手当を設定し、深夜残業及び休日残業にかかる割増賃金は別途に支払うようにするなどにより、各残業代を区別するとよいと思います(最判平成6年6月13日、東京地判平成25年7月23日等)。

 何時間分に相当するのかの明示

 裁判例の中には、従業員に対して固定残業代の金額は明示されていたが、残業何時間分に相当する金額であるのかが明示されておらず、明確区分性要件を欠くとして固定残業代を無効としたケースがあります(東京地判平成25年6月26日)。そのため、何時間分の金額であるのか(固定残業代でカバーされる時間)を、従業員に対して明示する必要があります(前記2(1)アの記載例にも、その旨記載しております。)。
 固定残業代でカバーする時間を定めるにあたっては、職種ごとに残業時間の実態調査を行うとよいでしょう。残業時間の実態を調査し、その調査結果に基づいて固定残業代でカバーされる時間を設定したという経緯を重視して、固定残業代を有効と認定した裁判例(大阪地判昭和63年10月26日)があるためです。残業時間の実態調査を行った際は、その経過を記録化しておきましょう。
 また、残業100時間分に相当する金額の手当が、固定残業代として認められるか否かが争われた事案では、100時間という長時間労働が恒常的に行われることを是認するような制度設計は、労基法の趣旨に反して認められないといった理由等により、固定残業代とは認められない旨判断されました(東京高判平成26年11月26日)。
 時間外労働の限度に関する基準(平成10年労働省告示第154号)によれば、特別の事情がない限り、時間外労働は1ヶ月あたり45時間以内としなければならないため、45時間を大幅に超える時間を設定し、その時間をカバーするような固定残業代制度を導入しても、無効と判断されやすい傾向にあるといえます。

(2)  別途精算する旨の合意が存在するか、又は少なくともそのような取り扱いが確立していること

 固定残業代を導入している場合であっても、従業員の労働時間をしっかりと管理し、固定残業代でカバーしている時間を超えて残業が発生した場合には、追加で残業代を支払わなければなりません。
 裁判所は、固定残業代として有効であると認められるためには、明確区分性要件を充足していること(上記2(1))は勿論、固定残業代の額が、法所定の時間外割増賃金の額を下回るときは、その差額を当該賃金の支払時期に精算するという合意が存在するか、又はそうした取扱いが確立していることも必要であると考えています(東京地判平成26年3月27日)。
 そのため、固定残業代制度を導入するにあたっては、雇用契約書や労働条件通知書等に明記された固定残業代でカバーしている時間(上記2(1)イ)につき、その時間を超えた残業にかかる残業代を精算する旨も明記しておくとよいと思います。
 また、労働法の知識を持たない従業員でも、会社に対して精算を求めることができるように、就業規則や給与規定等に、残業代の算定方法を明記しておくと、残業代精算の取り扱いが確立していることの根拠付けにもなり得ます。

(3)  別途精算する旨の合意が存在するか、又は少なくともそのような取り扱いが確立していること 

 残業代である以上、その金額は残業時間に応じて変動する性質を有しているのが通常です。
  この点、年齢、勤続年数、業績等、労働時間以外の要素で金額が変動する「精勤手当」を支給していた会社が、精勤手当は固定残業代である旨を主張したものの、固定残業代とは認められなかった裁判例があります(東京地判平成25年2月28日)。
  また、既存の手当の一定割合を固定残業代として支給する方法による場合、仮にその手当が労働時間以外の要素で変動するものであれば、固定残業代も同じく労働時間以外の要素で変動してしまうことになりますので、固定残業代として認められないおそれがあります。
  このように、裁判所は、固定残業代とされる手当が、実質的に残業代としての性質を有しているか否かという点を重視する傾向にあります。
  その他にも、同じ会社内で、仕事の性質上、恒常的に残業をせざるを得ない従業員がおり、その従業員らに対してのみ支払われ、他の従業員に対しては支払われていない手当につき、固定残業代として有効であると認めた裁判例があります(名古屋地判平成3年9月6日、東京高判平成21年12月25日等)。
  基本給の時間単価と固定残業代の時間単価との間に著しい差がある場合、その固定残業代は無効であると認められるおそれがあります。例えば、京都地判平成24年10月16日では、基本給14万円、「成果給」13万円とされており、この「成果給」が固定残業代として有効であるかが争われましたが、時間単価を算出したところ、所定内労働(基本給)について約890円である一方、時間外労働は約2350円となり、2倍以上の差があるとして、固定残業代とは認められませんでした。

3.残業代制度の導入にあたっての注意点等

 固定残業代制度を導入する利点として一般的に言われているのは、実際に時間外労働をせずとも一定時間分の割増賃金を貰える(一定程度の収入が保証されている)ということで、従業員が長時間労働を控える動機付けに繋がる、というものです。
 時間外労働が恒常化しているからこそ、固定残業代制度を導入する、というのが通常であるところ、固定残業代制度を導入しても、固定残業代でカバーされる時間を超えた残業が恒常化し、残業代を追加で支払っているという会社は多いと思います。結局、「長く働いた分給料が貰える」という事実には変わりがありませんし、同制度が、本当に長時間労働を控える動機付けになっているのかという疑問があります。
 このように固定残業代制度を導入するメリットがそれほど期待できない一方、制度設計・運用を誤り、固定残業代として有効性を否定されてしまうと、残業代が未払いであるとして、その固定残業代に相当する金額も通常賃金に含めて算定された残業代を支払わなければなりません。2年以上在職していた従業員から残業代請求をされてしまった場合には、その金額は莫大なものになりうるなど、そのリスクは非常に大きいといえます。
 以上のことから、私としては、固定残業代制度は導入しない方が安全であると考えますが、それでも残業代制度の導入を検討される場合には、前記2の各ポイントを意識して、募集要項、求人票、雇用契約書及び労働条件通知書等を作成したり、その内容を従業員に周知するように努めてください。
最後に、厚生労働省がWeb上に掲載している、固定残業代を賃金に含める場合における募集要項、求人票等への適切な表示方法(固定残業代を、他の賃金と区別して、手当の形で支払う例)をご紹介いたしますので、ご参照ください。

(https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11600000-Shokugyouanteikyoku/0000184068.pdf)

固定残業代を除いた基本給の額
例)「① 基本給(××円)(②の手当を除く額)」

固定残業代に関する労働時間数と金額等の計算方法
例)「② □□手当(時間外労働の有無にかかわらず、〇時間分の時間外手当として△△円を支給)」

「□□」には、固定残業代に該当する手当の名称を記載します。また、「□□手当」に固定残業代以外の手当を含む場合には、固定残業代分を分けて記載してください。

固定残業時間を超える時間外労働、休日労働および深夜労働に対して割増賃金を追加で支払う旨
例)「③ 〇時間を超える時間外労働分についての割増賃金は追加で支給」


(参考文献)
水島郁子・山下眞弘編(2018)『中小企業の法務と理論―労働法と会社法の連携』中央経済社
吉田肇「『定額残業代制』をめぐる法的問題点と制度設計。運用上の留意点~最近の裁判例を踏まえて~」、『ビジネスガイド』2014年7月号、p6、日本法令
野口大、大浦綾子「相次ぐ“無効”判断!安易な設計・運用はキケン!タイプ別『定額残業代』をめぐる裁判例の分析を踏まえた制度設計上の留意点」、『ビジネスガイド』2016年5月号、p5、日本法令


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