事業場外労働のみなし労働時間制

弁護士 福原 勇太  
 
1.事業場外労働のみなし労働時間制とは?

(1)  はじめに

 使用者には、従業員に対して適正な額の賃金を支払ったり、従業員の過重労働を防止してその健康を管理するために、従業員の労働時間を管理・把握する義務があります。
 従業員が、オフィス内や特定の作業現場内など、業務中の姿が上司や現場監督者から見える場所で業務にあたっている場合には、使用者(上司や現場監督者)にとって、その従業員の実労働時間を把握することは容易です。タイムカードやICカードを利用すれば、正確な時間で出退勤管理を行うこともできます。 
 これに対して、保険会社の外務員や販売会社のセールス社員など、外回りが多い職種であったり、出張をする場合には、(上司が同行しない限り)その従業員がどのような業務を何時間行ったのかということや、何時に休憩をとったのかということを、使用者(上司)が直接確認することはできず、その従業員の実労働時間が明らかではないことがあります。そのような従業員は、直行直帰をすることもあるでしょうから、タイムカード、ICカードでの出退勤管理にも限界があります。
 外回り勤務をはじめとして、いわゆる“事業場の外での労働”について、労働時間が算定できない又は算定が困難な場合において、一定の時間労働したものとみなしてしまおう、というのが“事業場外労働のみなし労働時間制”(労働基準法第38条の2)です。

(2)  制度内容について

 事業場外労働のみなし労働時間制(以下「みなし労働時間制」といいます。)が適用される場合、原則として、適用対象従業員は、所定労働時間働いたものとみなされます(ただし、労使協定を締結すれば、所定労働時間を超えて、“通常必要とされる時間”働いたものとみなすことも可能です。)。
 例えば、ある一日において、従業員Aが事業場外で10時間働き、従業員Bが事業場外で6時間働いた場合、所定労働時間が7時間であれば、AとBはいずれも、その日の労働時間が7時間であったものとみなされ、会社は7時間分相当の賃金を支払う義務を負います。
 みなし労働時間制は、使用者が従業員の労働時間を把握・管理する上で便宜的な制度であり、また、適用対象従業員にとっては、「どれだけ働いても労働時間が特定の時間にみなされる」ため、必要以上の残業をしないことへの動機付けにもなり得る点で、有用な制度です。
 しかし、以下に述べるとおり、みなし労働時間制の適用要件は厳格であり、その適用は認められにくい傾向にあります(なお、厚生労働省「平成30年就労条件総合調査」では、みなし労働時間制を採用している企業割合は14.3%、みなし労働時間制の適用を受ける労働者割合は7.9%となっています。)。
 本稿では、みなし労働時間制がどのような場合に適用されるのかということと、近時の裁判例の傾向についてご説明していきます。

2.みなし労働時間制の適用要件

 みなし労働時間制は、労働者が労働時間の全部又は一部について、①事業場外で業務に従事した場合において、②労働時間を算定し難いときに適用されます(労働基準法第38条の2第1項)。

(1)  ①「事業場外で業務に従事」するとは?

 「事業場外で業務に従事」するとは、外勤、外交、外務労働などを指します。
 この点、「事業場外」という文言から、「屋外労働であれば『事業場外』に当たるのでは。」と想起されるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。例えば、建設工事現場や伐木造林等の作業現場等のような屋外労働であっても、作業場所、作業時間、作業内容等が使用者によって具体的に定められている(=使用者の指揮監督が及んでいる)場合には、労働基準法上の「事業場」内での業務に当たります。
 使用者の指揮監督が及んでいるか否かで「事業場」の内か外かを判断する理由は、みなし労働時間制が、使用者の指揮監督が及ばないためにその労働時間の管理・把握が困難な場所で業務に従事する従業員に対して適用されるものであるためです。
 つまり、使用者の具体的な指揮監督の及ぶ一定の場所的範囲内にて業務に従事した場合には、事業場内で業務に従事したといえるのに対して、その場所的拘束を離れて使用者の具体的な指揮監督の及ばない場所へ出向いて業務に従事した場合には、事業場外で業務に従事したといえることになります。

(2)  ②「労働時間が算定し難いとき」とは?

 前述のとおり、みなし労働時間制は、使用者の指揮監督が及ばないために従業員の労働時間の管理・把握が困難な場所で業務に従事する従業員に適用されるものであるため、「労働時間が算定し難い」か否かについても、「使用者の具体的な指揮監督が及んでいる」か否かで判断されます。
 この点、労働基準局長の通達(S63.1.1基発1号)において、以下の3つの場合には、たとえ事業場外の業務であっても、「使用者の具体的な指揮監督が及んでいる」として、「労働時間の算定が可能であるので、みなし労働時間制の適用はないもの」と例示しています。

 何人かのグループで事業場外労働に従事する場合で、そのメンバーの中に労働時間の管理をする者がいる場合

 一定のチームやグループを組んで組織的に行動する必要がある場合において、その組織について一定の指揮命令者が定められており、その人が統率し、事業場外労働の現場で直接労働指揮をする場合です。この場合には、労働時間の管理をする者がいるため、労働時間の算定が可能であり、みなし労働時間制の適用はないことになります。
 他方で、上司に随行して出張、訪問活動を行った場合には、一定のグループで組織的な行動が行われたとはいえず、その随行者は、上司の活動と一体不可分な状況で事業場外活動にあたっているものといえます。そのため、上司の活動が事業場外労働に該当するものであれば、随行者の活動もそれと一体的なものとして労働時間の算定困難性を有するといえます。

 事業場外で業務に従事するが、無線やポケットベル(携帯電話)等によって随時使用者の指示を受けながら労働している場合

 外回り営業の際、上司から、携帯電話で、訪問日時、場所、ルートなどについて指示を受け、従業員はこれに従って訪問し、訪問後は、携帯電話を用いて訪問内容を上司に報告させるような場合には、その従業員は、使用者の指揮監督下で業務にあたっているといえ、その労働時間の管理・把握が可能であるとして、みなし労働時間制の適用はありません。例えば、無線タクシーの運転手が、動静を連絡報告しながら会社の指示によって運行しているような場合がこれにあたります。
 これに対して、訪問日時、場所等につき、全て従業員の自由裁量に任せて、急用の場合にのみ携帯電話で連絡させるような場合には、その従業員は、使用者の指揮監督下で業務に当たっているとはいえず、その労働時間の管理・把握は困難であるとして、みなし労働時間制が適用される可能性があります。
 最近では、外勤社員にスマートフォンやタブレットを貸与する企業が増えていると思われますが、そのような社員に対してみなし労働時間制を適用するのであれば、スマートフォン等を用いての連絡・指示の頻度を抑えないといけないことになります。しかし、スマートフォン等を貸与する目的は、部署の管理者との連絡を適時可能とすることで業務効率化を図る点にあると思われますので、スマートフォン等を貸与しておきながら、連絡頻度を抑えてしまっては、本末転倒です。
 このように、スマートフォン等の貸与制度は、みなし労働時間制と両立しない面があります。スマートフォン等貸与による業務効率化を強化するべく、みなし労働時間制を廃止するという考え方もあると思います。

 事業場において、訪問先、帰社時刻等当日の業務の具体的指示を受けたのち、事業場外で指示どおりに業務に従事し、その後事業場に戻る場合

 まず事業場に出勤して、上司から、訪問先、業務内容、帰社時刻等の業務上の指示が具体的に行われ、かつその内容が作業予定表のようにきちんと定められており、従業員はそのとおりに業務にあたり、必ず帰社しなければならない、という場合には、使用者の指揮監督下で業務にあたったといえ、労働時間の算定が可能であるため、みなし労働時間制の適用はありません。
 これに対して、訪問先、業務内容等を具体的に指示せず、従業員の自由裁量に委ねている場合には、みなし労働時間制が適用される可能性があります。

3.近時の裁判例の傾向

(1)  旅行会社の主催する募集型企画旅行の添乗業務
 (阪急トラベルサポート残業代等請求事件、最判H26.1.24)

<結論>
  これに従事する添乗員の勤務の状況を具体的に把握することが困難であったとは認めがたく、みなし労働時間制の適用を否定。
<理由>
旅行日程、目的地等、業務の内容があらかじめ具体的に確定されており、添乗員が自ら決定できる事項の範囲及び選択の幅が限られていたこと
会社が、添乗員との間で、あらかじめ定められた旅行日程に沿った旅程管理等の業務を行うべきことを具体的に指示した上で、予定された旅行日程に途中で相応の変更を要する事態が生じた場合にはその時点で個別の指示をするものとされていたこと
旅行日程の終了後は内容の正確性を確認し得る添乗日報によって業務の遂行の状況等につき詳細な報告を受けるものとされていたこと

(2)  プロモーター社員の展覧会場での絵画展示販売業務
 (ほるぷ賃金等請求事件、東京地判H9.8.1)

<結論>
 プロモーター社員が展示販売業務に従事しているか否かを把握して労働時間を算定することは本来容易にできたとして、みなし労働時間制の適用を否定。
<理由>
業務に従事する時間及び場所が限定されていたこと
支店長等も会場に赴いていたこと
会場内の勤務は、顧客への対応以外の時間も顧客の来訪に備えて待機しているもので休憩時間とは認められないこと

(3)  テナント営業社員等の事業場外労働
 (大東建託時間外割増賃金請求事件、福井地判H13.9.10)

<結論>
 その事業場外労働は、使用者の指揮監督下にあったものと認めるのが相当であり、事業場外労働時間の算定が困難であったということはできないとして、みなし労働時間制の適用を否定し、未払割増賃金78万4170円及び同額の付加金(労働基準法第114条)の支払いを命じた。
<理由>
テナント営業社員等の始業・就業時間は、タイムカードによって管理把握されていたこと
事業場外で労働時間中も、携帯電話を通じた事業場の連絡・指示により常時管理されていたこと

(4)  情報誌の広告営業社員の事業場外における営業活動
 (サンマーク残業手当等請求事件、大阪地判H14.3.29)

<結論>
 使用者による具体的な営業活動についての指揮命令は基本的になかったものの、従業員の労働自体については、使用者の管理下にあったもので、労働時間の算定が困難ということはできないとして、みなし労働時間制の適用を否定。
<理由>
訪問先における訪問時刻と退出時刻を報告することとされていたこと
個々の訪問先や注文者との打合せ等について使用者の具体的な指示はされないものの、従業員が事業所外における営業活動中に、その多くを休憩時間に当てたり、自由に使えるような裁量はないというべきで、事業所を出てから帰るまでの時間は、就業規則上与えられた休憩時間以外は労働時間であったということができること

(5)  貸金等の営業社員の外勤
 (光和商事解雇無効確認等請求事件、大阪地判H14.7.19)

<結論>
 使用者が営業社員の労働時間を算定することが困難であるということはできず、みなし労働時間制の適用を否定。
<理由>
基本的に営業社員は朝会社に出社して毎朝実施されている朝礼に出席し、その後外勤業務に出て、基本的に午後6時までに帰社して事務所内の掃除をして終業となること
営業社員は、その内容はメモ書き程度の簡単なものとはいえ、その日の行動内容を記載した予定表を会社に提出し、外勤中に行動を報告したときには、会社においてその予定表の該当欄に線を引くなどしてこれを抹消していたこと
会社所有の携帯電話を営業社員全員に持たせ、その携帯電話を使用して指示を与えることもあったこと

(6)  工務店向けマニュアル等の営業社員の外勤  
 (ナック事件、東京高判H30.6.21) 

<結論>
 営業担当社員が従事していた業務に関して、使用者がその勤務状況を具体的に把握することは困難であったとして、みなし労働時間の適用を肯定
<理由>
訪問スケジュールは、営業担当社員が内勤社員とともに決め、スケジュール管理ソフトに入力して職員間で共有化されていたが、個々の訪問スケジュールを上司が指示することはなく、上司がスケジュールをいちいち確認することもなく、訪問の回数や時間も営業担当社員の裁量的な判断に委ねられていたこと
個々の訪問が終わると、内勤社員の携帯電話の電子メールや電話で結果を報告したりしたが、その結果がその都度上司に報告されるものでもなかったこと
帰社後は出張報告書を作成することになっていたが、出張報告書の内容は極めて簡易なもので、訪問状況を具体的に報告するものではなかったこと
上司が営業担当社員に業務の予定やスケジュールの変更について個別的な指示をすることもあったが、その頻度はそれほど多いわけではなかったこと(原告社員の場合、そもそも報告内容を確認されたことがなかった)

4.まとめ

 以上のように、みなし労働時間制の適用要件は厳格であり、近時の裁判例をみても、その適用が否定される傾向にあることがうかがえます。労働時間の把握が容易であるにもかかわらず、従業員への賃金をカットする目的等でみなし労働時間制を利用すると、後に従業員から未払残業代を請求されるばかりか、付加金(制裁金)まで課せられるリスクがあります。
 本当にみなし労働時間制が適用できる業務なのか、すなわち、業務内容や性質に鑑みて、会社としてその勤務状況を具体的に管理、把握する必要性が低いといえるのか、また、その勤務状況を現実に管理、把握することが困難であるといえるのかにつき、十分に精査した上で制度設計を行ってください。

(参考文献)
菅野和夫(2017)『労働法〔第11版補正版〕』弘文堂
安西愈(2016)『新しい労使関係のための労働時間・休日・休暇の法律実務(全訂七版)』中央経済社
労務行政研究所(2014)『新版 新・労働法実務相談(第2版)』労務行政


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