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近年の日本では少子高齢化も進展し、相続の場面においても、相続の発生時には残された配偶者が高齢化しているケースが増え、その保護の必要性が高まる一方で、1家族あたりの子の人数も減っていることから、遺産分割時における子1人あたりの遺産取得額は増加しやすい状況にあるといえます。さらに、相続による生活保障は、これまでは経済的な側面のみが考えられていましたが、「被相続人の死亡時に配偶者が有していた生活環境の維持」という利益を保護することが重要なのではないかとの指摘もなされるようになってきました。
そのような状況において、導入が決定されたのが、今回相続法改正記事の最後のトピックとして取り上げる配偶者居住権・配偶者短期居住権です。
配偶者居住権の新設は、今回の相続法改正の目玉といってもよい改正です。それほど今後の相続実務に大きな影響を及ぼす改正になり、遺言の内容にも絡むものとなっていますので、是非頭の片隅にいれておいてください。
(1) マイホームの名義と使用権限
ところで皆さんのマイホームの名義(所有権の帰属主体)はどのようになっていますか?ここでは典型的な例の1つとして、子が2人(ともにその両親と別居)いる夫婦で、夫名義の住宅(ローンは完済)に夫婦2人で住んでいるケースを考えてみましょう。このとき、夫単独名義の家を妻も使用することができるのは、妻が夫の占有補助者として、夫名義の家に無償で居住する資格を有するためであると法律上は考えることになります。(マイホームが夫婦の共有名義となっている場合にはその共有持分権を根拠としてマイホームをそれぞれ占有することとなります。)
(2) 名義人死亡時の法律関係
では上の例において、建物の名義人である夫が亡くなり、特に遺言が遺されていなかった場合には、その住居を巡る法律関係はどのように変動するのでしょうか。
まず、妻の、夫の占有補助者としての地位は消滅します。一方で、夫が亡くなったときには、その瞬間相続が発生し、遺産分割がなされるまでは、その夫名義の住宅は、妻1/2、子が1人あたり1/4ずつの共有持分権を有する遺産共有の状態になります。
このとき、妻も夫の所有していた住居の共有権者の1人ですので、その共有持分権に基づいて夫死亡後も妻は長年住み慣れた住宅を占有(住んで使用すること)することができますが、この家は、子も妻と同様に共有持分権を持っていますので、例えば、子は「自分も権利を持つ家の全てを母が使っているのであるから、その使用額のうち、自分の持分割合に応じた額を、遺産分割によって住居の権利関係が確定するときまで支払え。」という主張することが、一見すると可能に思われます。別の言い方をすると、妻が今までのように無償で住居を使用できなくなるのではないかが問題となります。
仮に子の主張が認められた場合には、遺産分割によって住居を含む各遺産の配分が決定されるまで、妻はこれまで住んでいた住居を使用しつづけるために、子に金銭を支払い続けなければならないことになりますが、その結論は落ち着きの悪さを否定できません。なにかこの妻を保護する手立てはないのでしょうか。また、このケースでは、子が持分過半数を握ることはないですが、本ケースで例えば夫が、妻と子どもの相続分をそれぞれ1/3にするとの遺言を遺していた場合、子2人が共同して住居の明渡しを妻に求めたとしたら、妻は退去を余儀なくされるのでしょうか。
(3) 従前の解決方法
上記の問題について、最判平成8年12月17日は「共同相続人の一人が相続開始前から被相続人の許諾を得て遺産である建物において被相続人と同居してきたときは、特段の事情のない限り、被相続人と右同居の相続人との間において、被相続人が死亡し相続が開始した後も、遺産分割により右建物の所有関係が最終的に確定するまでの間は、引き続き右同居の相続人にこれを無償で使用させる旨の合意があったものと推認されるのであって、被相続人が死亡した場合は、この時から少なくとも遺産分割終了までの間は、被相続人の地位を承継した他の相続人等が貸主となり、右同居の相続人を借主とする右建物の使用貸借契約関係が存続することになるものというべきである。」と判示し、上のケースでいえば、子2人を貸主とし、母を借主とする家の使用貸借契約が遺産分割がなされるまでの間成立し、母はその使用貸借契約に基づいて引き続き家に住み続けることができるとされていました。
最高裁はこのような黙示の使用貸借契約の成立の推認という構成を明らかにしましたので、上記ケースにおいて、仮に夫が妻と子2人の相続分を1/3ずつとする遺言をし、その後子2人が共同して母を住宅から退去させようとしたとしても(要するに持分過半数者による退去明渡請求をなしたとしても)、母はその使用貸借権を根拠として、その請求を拒むことができることになると考えられます。
(4) 平成8年最判の課題
しかし、この判例による解決には限界があります。「被相続人と右同居の相続人との間において、…引き続き右同居の相続人にこれを無償で使用させる旨の合意があったものと推認」されないような場合、例えば、夫が第三者に住居を遺贈した場合には、黙示の使用貸借権は成立しないこととなり、当該第三者が妻に退去明渡請求をしてきた場合に、妻はかかる請求を拒むことはできません。
また、被相続人が死亡した際に、その配偶者が今後も同居していた家に住み続けるには、原則的にはその家の所有権全部を遺産分割において取得する必要がありましたが、その場合には、その家の評価額が高額である場合に、配偶者の手元にキャッシュが残らず(むしろ代償分割が必要になって手元のキャッシュが増えるどころか減るケースさえ考えられます。)、その後の生活にかえって困窮してしまう場合があるという問題もありました。
そこで、今回の改正において、「配偶者がいままでの住居に住み続けられる権利」を保護しようとした上記平成8年最判の趣旨や、フランス民法の規定を参考にして、新たな権利として配偶者短期居住権及び配偶者居住権が新設されることになりました。
(1) 要件及び効果
配偶者短期居住権とは、①居住建物について遺言にて帰属が定められていない場合には相続開始時から遺産分割の終了時または相続開始時から6ヶ月経過日までのいずれの遅い方まで、そして②居住建物について配偶者以外の者に帰属させる旨の遺言がある場合には、その者からの配偶者短期居住権の消滅の申入れをしたときから6ヶ月間、それぞれ被相続人の配偶者が無償で配偶者の居住建物(及びその敷地)を使用することができる権利のことです。
この権利が成立するためには、被相続人の配偶者が被相続人の財産に属した建物に相続開始時に無償で居住していたことが必要とされています(改正法1037条1項本文)。そのため、建物が賃借物件である場合には、配偶者短期居住権は成立しません。また、被相続人と配偶者が同居していたことまでは要求されません。
配偶者短期居住権は、平成8年最判を参考として考案された使用貸借権類似の権利ですので、使用貸借権とほぼ同様の権利義務を負うことになります。また、あくまで、配偶者のこれまでどおりの態様での使用を認めてあげようという権利ですので、例えば居住建物を第三者に賃貸して収益することや、相続開始前から配偶者と同居していた他の相続人に対して退去を求めることはできません。もっとも、配偶者の占有にあたっての履行補助者による使用(例えば配偶者の介護のために配偶者の子が建物を使用することなど。)は当然に認められることになります。
なお、期間の経過のほかに、配偶者による建物使用について善良な管理者としての用法遵守義務違反や、無断で第三者に建物を使用させた場合で、建物の取得者が配偶者短期居住権の消滅を請求した場合にも配偶者短期居住権は消滅します(改正法1038条)。また、後述する配偶者居住権を取得したときも権利存続の必要がなくなるため配偶者短期居住権は消滅します(改正法1039条)。
(2) 配偶者居住権との違い
配偶者短期居住権は、後述する配偶者居住権とは異なり、配偶者短期居住権によって受けた利益(建物の使用利益)については、遺産の基礎に組み込まれません。
また、配偶者短期居住権は、使用貸借権類似の権利として構成されたことや、存続期間が短期間であることから、第三者対抗力(だれに対してもその権利を主張できる効力のことです。)がありません。そのため、居住建物の所有権を相続又は遺贈により取得した者(配偶者ではない者)が、さらに別の第三者に居住建物を譲渡した場合には、その第三者との関係性では配偶者は配偶者短期居住権を主張することはできません。居住建物の取得者が第三者に建物を譲渡した場合には、配偶者はその元の居住建物の取得者に対し、損害賠償請求をすることによって、配偶者の保護を図ることになるでしょう。
(1) 要件及び効果
配偶者居住権とは、配偶者が希望した場合において、終身または(長期にわたる)一定期間、居住建物に継続して無償で住み続けることができる権利のことです。
配偶者居住権は、配偶者が被相続人所有であった建物に相続開始時に居住していた場合において、遺産分割で配偶者居住権の取得を定めたとき又は配偶者居住権が遺贈の目的とされたときに取得することができ(改正法1028条1項)、これらの場合に該当しない場合でも、遺産分割の審判において、共同相続人において合意が成立している場合や、合意がなくても家庭裁判所が配偶者の生活を維持するために特に必要があると認めるときにも取得することができます(改正法1029条)。改正法1028条1項2号がなぜ「遺贈」としており、いわゆる相続させる旨の遺言によることを認めていないのは、相続させる旨の遺言によった場合には、配偶者が配偶者居住権の取得を望まない(取得すると他の遺産の取り分が減る場合や、相続債務が大きい場合などが考えられます。)場合に、相続放棄か相続承認かの2択を迫られることで、かえって配偶者の利益を害することとならないようにとの配慮に基づくものです(遺贈となっていれば、配偶者は民法986条により配偶者居住権のみを放棄することができることになります。)したがって、今後遺言書を作成する際には注意が必要です。
建物が賃貸物件である場合には権利が成立しない点は配偶者短期居住権と同様です。また、被相続人が配偶者以外の者と居住建物を共有していた場合には、その共有者保護の観点から配偶者居住権は成立しないことになりますので、この点にも注意が必要です。
効果としては、配偶者居住権は、配偶者短期居住権とは異なり、より賃借権に近い考え方がなされており、相続開始時において配偶者が居住建物の一部しか使っていなかったような場合であっても、居住建物の全部について無償で従前の用法に従い、排他的に使用収益をすることができ(改正法1028条1項本文)、それに必要な範囲で敷地も利用することができます。その他の権利も賃借権と概ね同様です。
権利の存続期間は原則として終身です。ただし、遺産分割協議や遺言にて別の定めがある場合にはその期間となります(改正法1030条)。
配偶者居住権は、その配偶者のためだけの権利ですので、他人に譲渡することはできません(改正法1032条2項)。
(2) 配偶者短期居住権との違い
配偶者居住権は、配偶者短期居住権とは異なり財産的価値を有する権利として扱われるため、配偶者居住権を取得したことは遺産分割において考慮されることになります。そのため、配偶者居住権という「これまでの家に住み続けられる権利」の価値をどのような方法で算定するかということが問題となります。
配偶者居住権の評価方法については、少々細かいためここでは立ち入らないこととしますが、建物敷地の現在価値から、負担付所有権の価値を差し引いたものを配偶者居住権の価値とし、そして、負担付き所有権の価値は、建物の耐用年数、築年数、法定利率等を考慮し配偶者者居住権の負担が消滅した時点の建物敷地の価値を算定した上で、これを現在価値に引き直して求めることになります。要するに、配偶者居住権が設定されると、その権利が消滅するまで所有者はその建物を使用することができないので、その分の収益可能性を建物敷地の現在価値から割り引いて算定するということです。
なお、上述のとおり配偶者居住権は財産的価値があるものとして扱われますので、配偶者居住権を取得すれば原則として、配偶者が取得できるその他の遺産の取得分は小さくなってしまいます。いま、「原則として」と言ったのは、かかる配偶者居住権の遺贈については、持ち戻しの免除の意思表示ができるからです。持ち戻しの免除をすれば、反証がない限り、配偶者の遺産の取得分は、配偶者居住権の価値を除外して計算されることになります。なお、改正法1028条3項において、新設された改正法903条4項が準用されており、婚姻期間が20年以上の夫婦については、持ち戻しの免除の意思表示がなされていることが推定されることになります(持ち戻しの免除については、第2回の記事で解説していますので、ご覧になってください。)。
ほかの違いとして主なものは、配偶者居住権は賃借権に近似した権利として構成した結果、権利を登記することができ、その登記を備えれば、第三者に対しても配偶者居住権の存在を主張(対抗)することができます(改正法1031条2項において準用する605条)。したがって、登記をすれば、遺産分割の結果建物の所有権を取得した他の相続人からの明渡請求はもちろん、その相続人が万が一建物をさらに第三者に譲渡したとしても、その第三者からの明渡請求を拒むことができます。なお、建物使用にあたっては、善良な管理者の注意をもって使用すべきことや、用法遵守義務違反があった場合に建物所有者が配偶者居住権の消滅を請求できる点は配偶者短期居住権と同様です(ただし、配偶者居住権の場合には消滅請求の前に是正の催告を経る必要があります。改正法1032条4項)。
(3) 今後の実務での活用法
上述したように、配偶者の居住建物が高額に評価され、その額が配偶者の具体的相続分を超える場合には、配偶者が住み慣れた住居に住み続けることが難しくなるケースがありました。しかし、配偶者居住権の新設によって、建物の財産的価値を居住権部分とその残余部分に二分することによって、配偶者がより廉価な価額で居住権を確保することが可能になると期待されています。
また、前妻との間に子を持つ被相続人が再婚した際に、「自分が死亡したら、後妻が生きているうちは後妻に建物を使用させてあげたいが、後妻が死亡したときには自分の子であるAに所有権を引き継がせたい」と考えていたときに、これまでは、被相続人が、建物を妻に相続させる以上の遺言をすることはできず、その妻がAに建物を相続させるかは決められませんでしたが、今回の改正により、「妻に配偶者居住権を遺贈しつつ所有権はAに相続させる」という内容の遺言を作成することも可能になりました。このように、配偶者居住権の新設により、建物の承継方法の選択肢が従来よりも広がることが期待されます。
さて、第6回にわたり解説してきた相続法改正の法律記事も今回で終了です。
先日、今年5月1日から使用される新元号が「令和」に決定しました。改正相続法の施行は基本的には平成31年(令和元年)7月1日ですが、今回取り上げた配偶者居住権についての改正は、平成32年(令和2年)4月1日となっていますので、導入まではまだ少し時間がありますね。
今後も、随時民法の改正が施行されることになりますが、機をみて運用面に関する解説をしたり、その他ホットな法改正・時事的な話題を取り上げたりしていきたいと思います。
ご閲読くださりありがとうございました。
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米倉裕樹(2018)『条文から読み解く民法[相続法制]改正点と実務への影響』
清文社 |
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堂薗幹一郎ら(2018)「相続法改正の概要⑴」NBL1133巻4頁 |
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高木多喜男(1997)「遺産である建物について被相続人と相続人との間における使用貸借契約の成立が推認される場合」ジュリスト1113号86頁 |
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