相続法改正⑤  相続の効力等について

弁護士 福原 勇太  
 
1.はじめに

 被相続人が亡くなり,相続が開始した際,相続分(又は遺産分割方法)を指定する遺言がない場合,被相続人の権利義務は,共同相続人間の遺産分割協議の結果に従って承継されることになります。そして,遺言や遺産分割協議の内容次第では,法定相続分を超えて権利義務を承継する者も当然現れるところ,その法律関係につき,現行法では必ずしも明確ではありませんでしたが,今般の法改正により,その点が明確になります。
 そこで,本稿では,①法定相続分を超える権利承継がなされる場合,②法定相続分を超える義務承継がなされる場合に関する法改正の概要をご紹介します(当該改正部分は平成31年7月1日から施行されます。)。

2.①権利の承継に関する法改正(改正法第899条の2)

(1) 不動産の権利の承継の場合

 具体例
 (以下,いずれの具体例も,父Aを被相続人とし,母B,子C及びDを相続人とします。)
 父Aは,自分の所有する土地につき,「〇〇所在の土地を子Cに相続させる。」という遺言書を作成し,その後に亡くなりました。しかし,その土地につき,子Cの登記が未了であったため,子Dにおいて,子Dの共有持分権を4分の1とする旨の登記をした上で,第三者Eに売却し,第三者Eはその旨の登記をしました。
 子Cは,第三者Eから,共有持分権を取り戻すことができるのでしょうか(なお,母が第三者Eに対して共有持分権の返還を求めることはしないものとします。)。

 改正前
 特定の遺産を特定の相続人に対して「相続させる」旨の遺言は,遺贈と解すべき特段の事情のない限り,原則として遺産分割方法の指定とみるべきであり,その対象となった遺産は,何らの行為をすることなく,相続開始(被相続人の死亡)により,直ちにその相続人に承継されます。そのため,法定相続分を超えて相続分が指定されたことで自己の法定相続分を超えて不動産を取得した者は,登記をせずとも,第三者に対してその権利を主張(法律上「対抗」といいます。)することができます(最判平成14年6月10日)。
 上記具体例でいえば,自己の法定相続分(4分の1)を超えて土地を取得した子Cは,第三者Eに対して,自己に土地の所有権があることを,登記をせずとも主張(対抗)することができますので,子Cは,第三者Eに対して,土地の所有権に基づき,所有権(共有持分権)移転登記手続を求めることができると考えられます。
 しかし,第三者において,他人の遺言の内容など知りえないのが通常ですし,第三者Eとしても,子D名義の共有持分権の登記を信じて土地を購入したのであって,子Cからの請求はいわば不意打ちのようなものといえます。
 また,判例によれば,遺贈による不動産の権利取得については,登記なくして第三者に対抗できない(最判昭和39年3月6日)とする一方,上記のような遺産分割方法の指定や,相続分の指定(遺言書の記載例として「長男と次男にそれぞれ相続財産の2分の1を相続させる。」など)による不動産の権利取得については,登記なくとも第三者に対抗できる(最判平成5年7月19日)とされており,整合性に問題があるとの指摘もありました。

 改正後
 改正法では,相続人が遺言(相続分の指定,遺贈,遺産分割方法の指定)や遺産分割により権利を承継した場合,その相続人は,“法定相続分を超える部分”について,登記その他の対抗要件を備えなければ第三者に対抗することができない旨規定され,対抗問題につき,画一的になりました(改正法第899条の2第1項)。
 したがって,登記をしていなかった子Cにおいて,第三者Eに対して主張(対抗)可能なのは,自己の法定相続分である4分の1の共有持分権のみとなり,それを超えて第三者Eが取得した共有持分権の返還を求めることはできません。

(2) 債権の承継の場合

 具体例
 父Aは,「債務者Fに対する貸金債権1000万円を子Cに相続させる。」という遺言書を作成し,その後に亡くなりました。子Cは,この貸金債権を自分が承継したことを,債務者F(及び第三者)に対してどのように主張(対抗)すればよいでしょうか。

 改正前
 債権の譲受人において,債務者に対して,債権を譲り受けたことを主張(対抗)するには,債権の“譲渡人”が,債務者に対して,債権を譲渡した旨を通知する必要があります(現行法第467条1項)。この法理は,包括承継である相続においても妥当します。
 すなわち,上記具体例でいえば,債権の譲渡人は,父Aであり,かつ,父Aの地位を相続した母B,子C及びDですので,母B,子C及びDの3名において,債務者Fに対して,「あなたへの貸金債権は子Cが承継しました。」と通知をしない限り,子Cは債務者Fに対して,貸金債権1000万円の返還を求めることができないと考えられていました。
 (上記通知につき,内容証明郵便等の確定日付のある証書で行うことにより,子Cは,債務者以外の第三者に対しても,自己が父Aの債務者Fに対する貸金債権を取得したことを主張(対抗)することができます(同条2項)。)
 この点につき,詐称債権者による虚偽通知を防止できる点で,譲渡人全員からの通知を要求することに合理性はありますが,貸金債権を取得しないにもかかわらず,これに付き合わされる母B及び子Dからしてみれば,少々煩雑といえます。

 ウ  改正後
 改正法では,法定相続分を超えて債権を取得した相続人が,遺言の内容(遺産分割により承継した場合は,遺産分割の内容)を明らかにして債務者にその承継を通知したときは,共同相続人の全員が債務者に通知をしたものとみなすことが規定されました。
 上記具体例でいえば,子Cは,債務者Fに対して,遺言書を示すなどにより遺言の内容を明らかにして,貸金債権1000万円を承継した旨を通知すれば足りることになり,母B及び子Dによる通知は不要となります(なお,第三者に対抗するためには,内容証明郵便等の確定日付のある証書により通知を行う必要があります。)。

3.②義務の承継に関する法改正

(1)  具体例
 父Aは,「母Bの相続分を4分の3,子C及びDの相続分を各8分の1とする。」という遺言書を作成し,その後に亡くなりました。父Aが死亡時において,債権者Gに対して1000万円の貸金債務を負っていた場合,遺言書の存在を知らない債権者Gは,誰に対していくらの返還を求めることができるのでしょうか。

(2)  改正前
 まず,相続分の指定があった場合,積極財産のみならず,相続債務についてもその割合で承継されると解釈できます。しかし,相続分の指定は,債権者の関与なくなされたものであるため,債権者に対してはその効力は及ばず,債権者は,法定相続分に従って,各相続人に対して権利を行使できるものとされています(最判平成21年3月14日)。
 上記具体例でいえば,債権者Gは,遺言書の内容にかかわらず,母Bに対して500万円(法定相続分である2分の1),子C及びDに対してそれぞれ250万円ずつ(法定相続分である4分の1ずつ)の返還を求めることができます。
 (仮に,遺言によって貸金債務を承継しないこととされた母B及び子Dにおいて,債権者Gに対して支払った場合には,貸金債務を承継した子Cに対して,求償ができます。)
 もっとも,これは判例法理であり,現行民法において明文化はされておりませんでした。

 (3)  改正後
 改正法では,上記判例法理が明文化されます(改正法第902条の2本文)。
 それゆえ,債権者において,相続分の指定にかかわらず,各共同相続人に対して法定相続分に応じて権利を行使することができることが,条文上も明らかになりました。
 これに加えて,債権者が共同相続人の一人に対して,指定相続分に応じた債務の承継を承認した場合には,債権者は,指定相続分に応じて権利を行使しなければならない旨の規定が新設されます(同条但書)。上記具体例でいえば,債権者Gが子Cに対して,子Cが父Aの遺言により貸金債務を全て承継したことを承認した場合には,債権者Gは,母B及び子Dに対して,法定相続分に従って,貸金の返還を求めることができなくなります。

4.まとめ

 遺言(相続分の指定,遺贈,遺産分割方法の指定)又は遺産分割協議により,法定相続分を超えた権利の承継がなされた場合につき,今般の法改正により,これまでの相続分の指定及び遺産分割方法の指定の場合における判例法理が変更され,法定相続分を超える部分について,登記等の対抗要件を備えることが必要になりました。この点は,実務に大きな影響を与えるものなので注意が必要です。
 一方で,法定相続分を超えた義務の承継については,判例法理が変わることはないものの,その処理が明文化されることで,法律関係がより明確になるものと思われます。

(参考文献)
山川一陽,松嶋隆弘(2018)『相続法改正のポイントと実務への影響』
日本加除出版
東京弁護士会法友会(2018)
『新制度がこれ1冊でわかる Q&A改正相続法の実務』ぎょうせい





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