相続法改正③  遺留分制度

弁護士 福原 勇太  
 
1.はじめに

 相続法改正の連載第3回目は,遺留分制度です。
 遺言書がある場合,その内容どおりに遺産を帰属させることが,被相続人の意思に沿うとも思われます。しかし,遺言書の内容が,共同相続人のうちの特定人に全て相続させるとか,内縁の妻等の法定相続人以外の者に全て遺贈するなどいった場合,被相続人の兄弟姉妹以外の法定相続人には,法律上一定の取得分が保証されています。これが“遺留分”と呼ばれるものであり(現行法第1028条),遺留分に基づいて権利行使がなされた場合,遺言書の内容どおりの遺産帰属が実現しない場合もあります。
  このような遺留分制度に関して,現行法上問題となっている諸点を解消するために,2019年7月1日,遺留分に関する改正規定が施行されます。以下,大きな改正点につき,解説していきます。

2.「遺留分減殺請求権」から「遺留分侵害額請求権」へ

(1)  遺留分を侵害する形で遺言,遺贈または贈与(以下,「遺贈等」といいます。)がなされた場合,遺留分を有している者(以下,「遺留分権利者」といいます。)で,かつ,遺留分を侵害された者は,現行法上,「遺留分減殺請求権」を行使することができます(現行法第1031条)。遺留分減殺請求権を行使すると,遺留分を侵害する形で遺贈等を受けた者(以下,「受遺者等」といいます。)に対する遺贈等は,遺留分を侵害する限度で無効となります(ただし,受遺者等にも遺留分がある場合,それを考慮した形での減殺となります。)。
 この点,受遺者等が,金銭のように分けられるものではない不動産等を取得していた場合において,これに対して遺留分減殺請求をしたことにより無効となった部分の処理につき,現行法では,遺留分減殺請求権を行使した者(以下,「権利行使者」といいます。)が,無効となった部分の権利を取得することで,権利行使者と受遺者等がその不動産等を共有することになります。ただし,受遺者等が,共有関係の生じることを避けるために,遺留分侵害額相当の金銭を支払うこと(価格弁償)を選択した場合には,共有関係は生じません(第1041条1項)。
 しかし,価格弁償を選択できるほどの経済的余裕がないために,共有関係が生じてしまうというケースがあり,これが実務上問題となることがありました。例えば,生存配偶者に自宅が遺贈された場合において,その生存配偶者と血縁のない子が遺留分減殺請求権を行使したものの,その生存配偶者が価格弁償を選択できなかった場合,現行法上,生存配偶者及び生存配偶者と血縁のない子が,自宅を共有することになり,住み続ける生存配偶者の安定した生活が阻害されるおそれがあります。その他にも,遺産に工場等の事業用資産や会社の株式等があって,これら資産を事業の承継者に対して遺贈等した場合,非承継者から遺留分減殺請求権が行使されることにより,これら資産につき,事業の承継者と非承継者との間で共有状態が生じてしまい,円滑な事業承継が阻害されてしまいます。
 以上のように,遺留分減殺請求権を行使した場合において,原則的に共有関係が生じるというのは,権利関係を複雑にしていました。

(2)  今回の法改正により,共有関係が生じるという原則が改められ,権利行使者は,受遺者等に対し,遺留分侵害額に相当する金銭の支払いのみを請求できるようになりました(改正法第1046条1項)。また,これまでの「遺留分減殺請求権」は,「遺留分侵害額請求権」と呼ばれることになりました。
 これにより,共有関係が生じる事態はなくなりましたが,価格弁償のみしか選択できないとすると,受遺者等に価格弁償できるほどの経済的余裕がなかった場合にはどうすればよいのでしょうか。このような場合,裁判所が受遺者等に対して,価格弁償をするまでの相当の期限を設けることができる旨の規定が新設されました(改正法第1047条5項)。もっとも,権利行使者と受遺者等において,共有状態であっても構わないということであれば,現行法上の代物弁済(現行法第482条)を利用して価格弁償に代えて共有状態とすることも可能です。

3.算定方法の明文化 

 遺留分額及び遺留分侵害額の算定方法につき,現行法では明文がなかったところ,改正法ではこれが明文化されました。その条文によれば、算定式は以下のようになります(改正法第1046条2項,最判平成8年11月26日で示された計算式です。)。

(1) 遺留分額
 (遺留分を算定するための財産の価額)×(遺留分率)×(遺留分権利者の法定相続分)=遺留分額
 
(2) 遺留分侵害額
(遺留分額)−(遺産分割の対象財産がある場合には具体的相続分に応じて取得すべき遺産の価額(ただし寄与分による修正はしない))−(遺留分権利者が受けた特別受益)+(遺留分権利者が承継する相続債務の額)=遺留分侵害額

4.遺留分額算定において考慮される生前贈与の範囲について

(1)  現行法では,被相続人が相続人に対して行った,婚姻・養子縁組のため又は生計の資本としての贈与は,その時期を問わず,遺留分算定の基礎財産に含めることとされていました(現行法第1044条,第903条1項,最判平成10年3月24日)。しかし,被相続人の資産状況はその時々で変動するものである一方,遺言はその作成時の資産状況を前提に作成されるため,贈与の時点で計算すれば遺留分侵害とならなかったものが,遺言書作成時点では遺留分侵害になってしまうなど,古い贈与の存在が遺言者の自由な遺言を妨げることにもつながりかねない,という問題がありました。また,あまりに古い贈与の存在は,相続発生時点において,受遺者等が想定できない場合もあります。

(2)  改正法では,相続人に対する贈与は,相続開始前の10年間にされたものに限り,遺留分算定の基礎となる財産の価額に算入するものとし,期間を限定しました(改正法第1044条3項)。これに対して,“相続人以外の者に対してなされた贈与”については,現行法と同様,相続開始前の1年間にしたものに限り,遺留分算定の基礎となる財産の価額に算入されます(現行法第1030条前段)。
 もっとも,当事者双方が遺留分権利者に損害を与えることを知ってなした贈与については,相続開始10年前よりも前に相続人に対してなされたもの(相続人以外の者に対する贈与については,1年前より前のもの)も,遺留分算定の基礎となる財産の価額に算入されます。この点,“損害を与えることを知ってなした”と認められるためには,贈与時において遺留分を害する認識及び将来財産の増加がないことの認識が必要とされています(大判昭和11年6月17日)。例えば,贈与者が高齢であり,かつ,病気その他の理由で就労が困難である場合において,贈与財産の価額が残存財産の価額を超えていることを当事者双方が認識している場合には,“損害を与えることを知ってなした”ものと認められるでしょう(この点,誰が遺留分権利者である,という認識までは不要です(大判昭和4年6月22日)。)。
 なお,上記10年間の制限は,上記3(1)の遺留分額の算定に関するものであり,上記3(2)の遺留分侵害額算定の際の特別受益にあたる贈与は,古いものでも減算要素となります。

5.おわりに

 以上,遺留分に関する大きな改正点を解説しました。遺留分に関する権利の行使により,共有状態が生じなくなったことで,遺留分減殺後の共有をめぐる紛争を回避できます(これが望まれたことが今回の改正の主な理由です。)。他方で,遺留分の回復請求権を金銭化することは,遺留分権利者の権利の弱体化につながるのではないか(遺留分減殺請求により,共有状態が生じた後であれば,仮に相続財産が受遺者等によって勝手に売却されても,所有権(持分権)に基づき,その返還を求めることができるため)という指摘もありましたが,仮に遺留分減殺請求後対抗要件を備える前に受遺者等に倒産手続が開始した場合は,遺留分権利者は対抗要件を備えていないため取戻権を行使できない(所有権(共有持分権)移転登記請求権は破産債権となる)ことなどから,金銭化しても遺留分権利者の権利はそれほど弱くはならないと考えられたようです。
 また,遺留分を侵害する形での遺贈等につき,金銭での解決を原則とすることは,遺言の内容どおりに受遺者等に相続財産が渡るという点で,遺言の効力の強化につながります。これにより,遺言の利用が促進されることが予想されるでしょう。


(参考文献)
山川一陽,松嶋隆弘(2018)『相続法改正のポイントと実務への影響』
日本加除出版.
日本弁護士連合会編(2018)『Q&A改正相続法のポイント―改正経緯をふまえた実務の視点―』新日本法規出版.
増田勝久(2018)「特集 民法(相続法)改正について 遺留分についての改正」,『自由と正義』2018年12月号,p19,日本弁護士連合会.





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