相続法改正② 

遺産分割の方法に関する改正

弁護士 山口 正貴  
 

1 はじめに

 先月から始まった相続法改正に関する解説ですが、今回は第2回として、遺産分割の方法に関する改正点を簡単に説明させていただきます。
 前回福原弁護士が自筆証書遺言の方式に関する改正点について解説しました。相続人が複数いる場合に、遺言がないときには、共有状態の遺産をどう分けるかという遺産分割が必要になりますし、遺言がある場合であっても、それが一部の財産に関するものであれば残りの部分について分割協議が必要になります。また全財産について遺言がなされていても、相続人全員が同意をすれば遺言と異なる分割とすることも可能です。したがって、遺産分割は国民全員が関係しうるものであり、よく知っておく必要がある手続であると思います。
 なお、前回福原弁護士が解説した自筆証書遺言の方式に関する改正の施行日は平成31年1月13日となっており、この自筆証書遺言の改正と今後解説する配偶者居住権に関する改正以外は、平成31年7月1日(もう平成ではありませんが…)から施行されることとなっています。


2 一定の場合における持ち戻し免除の推定

(1) 持ち戻し免除とは

 遺産分割において、ほとんどの場合で問題となるのが特別受益です。
 特別受益とは、被相続人から共同相続人に対して、遺贈された財産、および婚姻や養子縁組のため、もしくは生計の資本として贈与された財産をいいます(民法903条1項)。例えば、結婚の際の支度金の贈与や、子のために家を買って子に贈与した場合などが典型例です。
 民法では、このような特別受益について、遺産と別物とは捉えず、これを遺産に組み込まない旨の被相続人の意思表示(持ち戻し免除の意思表示)がない限りは、単なる分割方法の指定(割合や額の問題ではなく、決められた相続分の枠内でなにを分けるかの問題)であると解釈されています。したがって、分割の際の遺産の総体に当該贈与財産をいったん組み込んだ上で、各相続人の取得分を計算することとしています。
 例えば、被相続人Xの遺産が750万円の預貯金のみであり、相続人が子のAとBがいた場合を考えてみます。このとき、XはAにだけ生前に250万円を結婚の際の支度金として手渡していたとします。この場合は、その250万円を遺産に組み込んでABそれぞれの取得分を計算しますので、1000万÷2によってABはそれぞれ500万円を取得することになります。そして、Aは250万円を事前にXからもらっているので、750万の預貯金のうちの250万円をAが取得し、残りの500万円をBが取得することになります。
 反対に、被相続人によって遺言等で持ち戻し免除の意思表示があった場合には、当該贈与は遺産分割とは別枠で考え、相続人には、その残りの財産を相続分等にしたがって分けることとしています。上記の例でいうと、支度金の250万円についてXが持ち戻し免除の意思表示をしていた場合には、ABはそれぞれ750万円の預貯金の半分の375万円を取得することになります。
 そのため、ある財産の贈与がなされた際に、そもそもそれが特別受益なのかどうか(例えば、売買を装った贈与ではないか等)だけでなく、特別受益であるとしても、持ち戻しの免除の意思表示がなされたのかどうかが共同相続人間で争われることが非常に多いのです。


(2) 改正内容

 従来は、遺贈された財産、および婚姻や養子縁組のため、もしくは生計の資本として贈与されたあらゆる財産は原則として特別受益として扱っていました。しかし、改正法では、①婚姻期間が20年以上の夫婦が、他の一方に対し、②居住用の建物やその敷地を遺贈又は贈与する場合には、持ち戻しの免除の意思表示がなされたものと推定することとしました(改正法903条4項)。
 これは、長期間婚姻関係にある夫婦については、その財産は夫婦双方の協力により築かれたものと解されるところ、そのような場合における居住用不動産の贈与は、遺産分割の指定というよりも、類型的に相手の生活保障や長年の貢献に報いるものとの意味合いで贈与がなされることが多いことに鑑みたものです。なお、20年という数字は、相続税法上の贈与税の特例対象期間と平仄を合わせたものとされています。(婚姻期間が20年以上の夫婦の間で、居住用不動産又は居住用不動産を取得するための金銭の贈与が行われた場合、基礎控除110万円のほかに最高2,000万円まで控除(配偶者控除)できるという特例です。)
 この結果、居住用不動産の贈与について持ち戻し免除の意思がなかったことが他の相続人から立証されない限り、従来に比べて配偶者の遺産の取り分が増加することになります。今後の解説で取り扱いますが、今回の相続法改正では、配偶者居住権といって、被相続人所有の建物に居住していたその配偶者は、一定期間当該建物に居住し続ける権利を取得できることとなりました。そのことも併せると、今回の改正は、生存配偶者の生活を手厚く保護するための改正となっているといえるでしょう。


3 遺産である預貯金債権の行使の緩和

(1) 問題の所在

 最近は自分の葬儀費用に関する保険のCMもテレビでよくみかけます。葬儀に限らず、被相続人が亡くなった際には、医療費や税金などの被相続人の債務の弁済等、なにかとキャッシュが必要になることが多いと思います。共同相続人の当面の生活費も必要になるという人もいるでしょう。「もしも親が亡くなっても親の預貯金がたくさんあるからお金の心配はいらない。」と思っている人がいたら要注意です。
 従前は、被相続人の預貯金債権について判例上は、相続の開始と同時に、各法定相続分に従ってなんらの手続もなく分割されることとなっていました(法解釈上は単独で自己の分を行使できました。もっとも、かつての銀行実務は、実印を押捺した遺産分割協議書や公正証書遺言を提出させたり、共同相続人全員の承諾印を要求したりすることが多かったようです。)が、平成28年の最高裁判所の決定により、被相続人の預貯金債権も遺産分割の対象となり、相続人全員が共同でしないと、預貯金の引出しや利用ができなくなりました。
 では、相続人全員の同意が得られない場合で、葬儀等で必要なまとまったお金が必要だが、お金の在処が被相続人の預貯金しかないという場合はどうすればよいのかということになります。その場合は、遺産の仮分割の仮処分(家事事件手続法200条2項)を活用することが想定されていました。しかし、この仮処分が認められるためには共同相続人の「急迫の危険を防止」するためであることが必要ですが、そのハードルが厳しいとの批判がありました。


(2) 改正その1-家事事件手続法の保全処分の要件緩和 

 そこで民法改正に合わせて家事事件手続法も改正され、遺産分割審判や調停の申立てがあった場合で、相続財産に属する債務の支弁、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権を行使する必要があると認める場合には、家庭裁判所は、他の共同相続人の利益を害しない限り、申立てにより、遺産に属する特定の預貯金債権の全部又は一部を仮に取得させることができるようになりました(改正家事事件手続法200条3項)。
 本改正により遺産に属する預貯金債権について「必要がある」場合には仮分割ができるという要件に緩和されていることが読み取れます。
 本条による仮分割により申立人に預貯金の一部が給付された場合には、仮分割された預貯金債権を含めて遺産分割の調停又は審判がなされることになります。


(3) 改正その2-遺産分割前におるけ預貯金債権の行使制度 

 上記(1)及び(2)で、家庭裁判所を絡ませた手続により、遺産に属する被相続人の預貯金債権を行使する制度の改正を説明しました。
 しかし、この制度は家庭裁判所への遺産分割調停や審判の申立てを前提とするものであり、このことを負担と感じる相続人も多いのではないでしょうか。
 そこで改正民法909条の2では、各相続人は、家庭裁判所に申し立てずとも、相続開始時の預貯金額に自らの相続分を乗じた額の3分の1については、単独でその権利を行使することができることになりました。なお、本条で行使できる額については、各金融機関が法務省令に定める額を限度とされています。
 本条により預貯金が払い戻された場合、権利行使をした預貯金債権については、当該権利行使をした共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなされます。
 本条が対象とする預貯金には、定期預金も含まれると解されますが、例えば被相続人と金融機関との間における定期預金の一部の払戻しの禁止の約定といった特約まで失効させられるものではないと解されています。したがって、本条に基づく権利行使をしても、金融機関が約定に基づいて定期預金の一部払戻しを拒否するという事態も想定されるところです。
 なお、本条による権利行使と(2)でみた家庭裁判所の保全処分は併用することが可能です。


4 遺産分割前に遺産に属する財産が処分された場合の遺産の範囲

 遺産分割は、相続開始時に存在し、かつ、遺産分割時に存在する財産を共同相続人間で分割する手続です。そして、現行法では、遺産共有となった遺産を共同相続人が自己の共有持分について処分することを禁じていません。一方で、遺産が処分された場合の処理について現行法には定めがなく、遺産を処分した場合に、処分しなかった場合に比べて処分者の取得分が増えてしまうことがありました。
 例えば、被相続人のXさんの全財産は預金が2000万円であり、相続人は子のAとBだけであるとします。XはAだけに生前500万円の壺を贈与していました(持ち戻し免除はしていないものとします)。このとき、ABのそれぞれの預金2000万円の取り分は、壺の500万円を遺産に持ち戻して考えますので、Aが750万円(以前もらった500万円の壺と併せると1250万円を取得することになります。)、Bが1250万円になります。しかし、遺産分割前にAがXのキャッシュカードを使って法定相続分である1000万円の預金を勝手に引き出し費消したとします。このとき、分割時に遺産として現存するのは預金1000万円とAへの生前贈与の壺分の500万円ですので、Aの取り分は預金250万円(生前贈与の500万円と勝手に引き出した1000万円を併せると1750万円を取得することになります。)で、Bの取り分は1250万となってしまいます。これでは非常に不平等です。上述した最高裁の平成28年決定の影響で、駆け込み引出しによりこのようなことが起こることが増加すると思われます。
 かかる遺産分割の不公平を是正すべく、改正民法906条の2では、遺産分割前に遺産が処分された場合であっても共同相続人全員がこれに同意すれば、当該処分された財産を遺産分割時に存在したものと扱うことができるようになりました(1項)。また、このとき、当該処分が一部の共同相続人により行われた場合には、その処分者の同意をとる必要はなくなります(2項)。
 この規定によって、たとえ、共同相続人が遺産を処分した場合であっても、他の相続人は、当初の想定どおりの遺産を取得することができるようになります。


5 おわりに

 このように、相続は、遺された者の生活に大きく影響を及ぼします。
 改正法によってある程度は遺された者たちにとってより便利で公平な遺産分割が期待できるようになりました。しかし、これらの制度を用いずとも、被相続人が自分で自分のことを事前に考えていれば(例えば遺言をして、その中で持ち戻し免除の意思の有無を明確にしたり、葬儀費用について保険や信託を利用したりするなどです。)、遺された者の負担はぐっと減らすことができます。
 あまり考えたくはない話ですが、それぞれが自分の将来を早めに考え、それを形に残しておくことが重要だと思います。


 参考文献

 ・ 米倉裕樹(2018)『条文から読み解く民法[相続法制]改正点と実務への影響』
清文社
 ・ 山川一陽,松嶋隆弘(2018)『相続法改正のポイントと実務への影響』
日本加除出版
 ・ 編集部(2018)「民法(相続関係)等の改正に関する要綱案」の概要 
NBL1116巻4頁




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