債権法改正⑦  債権譲渡

弁護士 福原 勇太  
 
1.改正の経緯

 債権者Aが債務者Bに対して債権(売掛金債権,請負報酬債権などをイメージしてください。)を持っていたとします。AB間には,「この債権は他人に譲渡しない」という合意(=譲渡禁止特約)がありましたが,Aは,第三者Cに対してこの債権を譲り渡し,Bに対してその譲渡の事実を通知しました。このとき,譲受人Cは,債権譲渡禁止特約の存在を知っているか,または知らなかったことについて重大な落ち度があったとします。特約に違反してなされた譲渡の効力はどうなるのでしょうか?
 現行民法,判例及び通説では,譲渡禁止特約が付いた債権の譲渡は,債務者の承諾がない限り無効となります(現行民法466条2項本文参照)。そのため,現行の法制度によれば,債務者Bの承諾がない限り,AC間の債権譲渡は無効となります。実務では,売掛金債権や請負報酬債権につき,譲渡禁止特約が付されているケースが多く,債権の有効な譲渡のためには債務者の承諾が必要になるところ,債務者が力の強い大企業である場合,交渉しても承諾を得られないおそれがあります。また,債権譲渡そのものが債権者(譲渡人)の信用悪化の兆候として捉えられてしまうおそれもあります。
 このようなことから,債権譲渡による資金調達を諦めたり,債権譲渡をするにしても当面は債務者に対して譲渡の事実を告げず,債権譲渡登記(債務者以外の第三者に対して債権譲渡の効果を対抗するための手段)を先行させるケースもあります。登記を先行させて債務者の承諾を得ないままに譲渡される債権は,その譲渡が無効になる可能性を有している点で,担保価値が低く,譲渡代金が安くなるという問題があります。
 以上のように,改正前民法の債権譲渡にかかる規定は,中小企業等が債権を担保として資金調達を図る上で支障となっているとの意見がありました。このような意見を踏まえて,中小企業等による資金調達を促進させるため,債権譲渡に関する規定が改正されます。


2.「原則無効」から「有効」へ 

 改正民法では,債権に譲渡禁止又は譲渡制限の特約(以下「譲渡制限特約」といいます。)が付いていたとしても,その債権譲渡は有効となります(改正民法466条2項。ただし,預貯金債権については,この限りではありません。後記4⑵イ参照)。
 上記の例でいえば,AC間の債権譲渡は有効となります(Cが譲渡制限特約について知っていたか否かは問いません。)。
 そもそも,現行民法において,譲渡制限特約付き債権の譲渡を原則無効と定められていた趣旨は,債権者を固定化することで誰に弁済すればよいかが分からなくなることや二重弁済に陥ることを防ぎ,それによって債務者を保護するという点にありました。改正民法では,債権者(譲渡人)の利益(=資金調達の促進化)を図るため,その譲渡を有効としましたが,債務者の利益(=債権者固定化による利益)などにも配慮して,後記3のような新規定を設けました。


3.債務者の利益を保護する新規定

(1) 悪意重過失の譲受人等への履行拒絶等

ア.  譲受人Cのように,譲渡制限特約の存在を知っていたか,知らなかったことについて重大な落ち度がある譲受人から債務の履行を求められた場合,債務者は履行を拒絶することができます(改正民法466条3項前段)。
 また,債務者が既に譲渡人に対して弁済をしているような場合には,その事実をもって譲受人に対抗(=譲渡人に支払済みであり,譲渡人に支払う必要はないと主張)することができます(同項後段)。
イ.  もっとも,仮に債務者が譲受人の履行請求を拒絶する一方で,譲受人の催告にもかかわらず譲渡人に対して履行をしない状態が相当期間継続するような場合には,債務者は譲受人の履行請求を拒むことはできません(改正民法466条4項)。

(2) 金銭債権の供託権

ア.  債務者は,譲渡制限特約が付いた金銭債権が譲渡された場合,その債権の全額に相当する金銭を,債務の履行地の供託所に供託することができます(改正民法466条の2第1項)。
 現行民法では,供託は,「弁済者が過失なく債権者を確知することができないとき」(民法494条)などに許されるものであるところ,改正民法によれば譲渡制限特約の付いている債権の譲渡は有効となるため,債権者は固定され,「過失なく債権者を確知することができない」という状況は生じ得ないと考えられます。このように,現行民法の供託制度のままでは,債務者は供託制度を利用することができません。そこで,民法494条とは別に,債権譲渡における債務者が利用できる供託制度を新設し,債務者の利益を図りました。
 供託をした債務者は,遅滞なく譲渡人及び譲受人に対して供託したことを通知しなければならず(改正民法466条の2第2項),供託金は,譲受人のみが還付請求できます(同第3項)。
イ.  一方,譲渡人について破産手続開始決定があった場合,債権全額を譲り受け,かつ第三者対抗要件(債権譲渡登記など)を備えた譲受人は,債務者に対して,債権の全額に相当する金銭を供託するように請求することができます(改正民法466条の3)。


4.その他の改正点等

(1) 抗弁事項について

ア.  「異議をとどめない承諾」の廃止
 売掛金債権について,商品の引渡しと引替えに代金を支払うとの合意があったとします(相手方の債務の履行がなされるまで,自身の債務の履行を拒絶する権利を「同時履行の抗弁権」といいます。)。この売掛金債権を売主Aが第三者Cに対して譲渡したとした後,買主Bに対して譲渡の事実を通知したところ,Bは同時履行の抗弁権が付いている事実を指摘しないで,その通知を承諾したとします。
 この場合,現行民法では,買主Bは,譲受人Cに対して同時履行の抗弁権を主張できなくなります(現行民法468条1項)。すなわち,Cからの代金支払請求に対して,Bは,Aからいまだ商品を受け取っていないという理由で代金支払いを拒むことができなくなります(これが「異議をとどめない承諾」の効果です。)。
 しかし,債権が譲渡されたことを認識した旨を債務者が通知しただけで,抗弁の喪失という債務者にとって予期しない効果が生じるのは,債務者の保護の観点から妥当ではないという意見がありました。
 そのため,改正民法では,異議をとどめない承諾の規定は廃止されました。もっとも,権利を放棄するのは自由なので,承諾の際に抗弁権を放棄する旨の意思表示をすることは妨げられません。
イ.  対抗できる事由
 債務者は,譲受人が債務者対抗要件を備えるよりも前(=譲渡人が債務者に対して債権譲渡の事実を通知するか,債務者が債権譲渡の事実を承諾するよりも前)に譲渡人に対して生じた事由(例えば,消滅時効など)につき,譲受人に対抗することができます(現行民法468条2項,改正民法468条1項)。
 また,債務者の譲渡人に対する債権による相殺については,①対抗要件具備(=備えること)前に取得した債権,②対抗要件具備後に取得したが,具備前の原因に基づいて生じた債権,③譲受人の取得した債権の発生原因である契約に基づいて生じた債権であれば,相殺をもって譲受人に対抗することができます(改正民法469条)。

(2) 判例法理の明文化

従前,判例法理として認められてきたものについて,以下のとおり明文化されました。
ア.  譲渡制限特約付き債権の差押え(改正民法466条の4)
 譲渡制限特約付き債権の差押債権者が強制執行をした場合,債務者は履行拒絶及び債務消滅事由の対抗ができません(改正民法466条の4第1項,466条3項)。ただし,特約の存在を知っているか,又は知らなかったことについて重大な落ち度がある譲受人がいて,その者の債権者が差押債権者として強制執行をしたときには,履行拒絶及び債務消滅事由の対抗ができます(改正民法466条の4第2項)。
イ.  預貯金債権の譲渡(改正民法466条の5)
 譲渡制限特約付きの預貯金債権が譲渡された場合,特約の存在につき知っていたか,または知らなかったことにつき重大な落ち度がある譲受人その他第三者との関係ではその譲渡は“無効”となります。もっとも,預貯金債権を差し押さえた者に対しては,譲渡制限特約をもって対抗できず,その者との関係では譲渡は有効となります。
ウ.  将来債権の譲渡(改正民法466条の6)
 将来発生する債権について,その発生前に譲渡する旨合意することが可能です。この場合,譲受人は発生したときにその債権を当然に取得します。

5.譲渡制限特約に違反した場合の処理  

 譲渡制限特約付き債権の譲渡が有効とされる改正民法下においては,その譲渡が特約違反にあたるとして継続的取引契約が解除されてしまうのではないかという疑問があります。
 この点については,譲渡制限特約が弁済先を固定する目的で締結される点に着目し,債務者は譲渡人に対する弁済等により免責されるため必ずしも弁済先固定の目的に反するものではないと解釈し,契約違反には当たらない,または軽微な不履行(改正民法541条ただし書き)であるとして解除を認めないと考えることができるかもしれません。
 また,債権譲渡がなされたとしても,債務者にとって特段の不利益がないという場合には,契約解除を行う合理性は乏しく,権利濫用等に当たると考えることもできるかもしれません。いずれにしても,この疑問については,まだまだ議論の余地があると思われます。
以 上
◇参考文献
「民法(債権関係)改正法の概要」(潮見佳男著)
「表解 改正民法(債権関係)実務ハンドブック」(古川和典著)
「practical 金融法務 債権法改正」(井上聡,松尾博憲編著)



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