債権法改正⑥  賃貸借契約

弁護士 山口 正貴  
 


1 はじめに

 今回は、民法(債権関係)改正解説第6回として、賃貸借契約における改正について簡単に解説します。
 賃貸借契約は市民の日常生活においても、企業活動においても利用される身近な契約であり、様々なトラブルシーンが想定される契約の一つですが、それを規律する条文は現行民法には実はわずかな数しかありません。その代わり、現行民法に記載されていない箇所については、主に多くの判例法理や特別法によって補われてきました。
 今回の民法(債権関係)改正の大きなテーマは①社会経済の変化への対応と②国民にとってわかりやすいものとすることの2つです。賃貸借にまつわる問題の多くを明文にない判例法理によって解決する現行民法は、決して国民にとってわかりやすいものとはなっていませんでした。
 そこで、今回の改正に伴い賃貸借契約に関するいままでの判例法理を、民法中に明示することによって、②の目的を達成しようとしています。したがって、新しい条文がいくつか追加されることになりますが、実際のルールそのものは現行民法とほとんど変わりません。しかしながら、賃貸借契約のルールは複雑なものであること、利用機会やトラブルが多いことに鑑みて、今回の法律記事のテーマとしてピックアップすることとしました。


2 主な改正点

(1) 賃貸借の存続期間の伸張

 現行民法では賃貸借契約の契約期間の上限として20年を定めていました(現行民法604条1項)が、それが改正により上限が50年にまで伸張されました(改正民法604条1項)。
 もともと現行民法を起草した明治の学者は、長期の賃貸借契約については、地上権や永小作権の設定によって長期の貸借関係を維持することを想定していましたが、それらの権利の利用が進んでいないことや、現代になって例えば太陽光パネルの敷地用地の賃貸借など、存続期間を20年以上とする現実的なニーズが出てきたことにより、存続期間が伸張されることになりました。
 なお、借地借家法の適用がある場合、借地の契約期間については30年以上となり(借地借家法3条)、借家の場合では民法の適用が排除されます(同法29条)。

(2) 不動産の賃貸人たる地位の移転規定の明文化

 ある不動産の所有者かつ賃貸人が、その物を第三者に譲渡した場合、賃借人はだれとの間で賃貸借関係を継続するのか、それとも継続できないのか、という問題が「不動産の賃貸人たる地位の移転」という問題です。
 この問題については、賃借人がその不動産の賃借権について対抗要件(土地の場合は賃借権の登記か借地上の建物の所有、建物の場合には引渡し)を備えていれば、賃貸人がその不動産を第三者に対し譲渡した場合、特別の合意なしに賃借人が新所有者である第三者との間で当然に賃貸借関係が存続するという解釈が判例上確立されています。今回の改正により、かかる解釈が明文化されることになりました(改正民法605条の2第1条)。
 また、判例では、新旧所有者間で「賃貸人の地位を旧所有者に留保する」旨の合意をしても直ちにその合意は有効にはならないとしていました。そのため、これまで不動産取引の実務においては、賃貸不動産の譲渡によって新所有者と賃借人との間に無用な賃貸借関係を生じさせたくない場合には、多数の賃借人から個別に賃貸人たる地位の旧所有者への留保の合意を得るという運用をしており、これに多大な労力を要しているとの指摘がありました。そこで、今回の改正では、賃貸不動産の旧所有者と新所有者が賃貸人たる地位の移転をしない(旧所有者に地位を留保する)という合意をすれば、地位移転が生じないようにできることにもなりました(改正民法605条の2第2項前段)。
 なお、以上は、賃借権について対抗要件を備えている場合の話ですが、仮に対抗要件を備えていない場合であっても、旧所有者と新所有者が目的物の譲渡の合意とは別に、賃貸人たる地位の移転の合意をすれば、賃借人の合意を要しないで賃貸人たる地位の移転が生じる旨も明文化されています(改正民法605条の3)。

(3) 修繕義務の所在の明示と賃借人による修繕

 現行民法では、賃借目的物の修繕責任の所在について、「賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う」(現行民法606条)とされ、賃借物に修繕を要する場合には、賃借人が賃貸人にその旨を通知することとされていました(現行民法615条本文)。
 この点について、通説は、賃借人の帰責性によって目的物に修繕が必要となった場合には賃貸人は修繕義務を負わないと解釈していたところ、今回の改正を機にかかる通説が明文化され、修繕義務の所在が明確化されることになりました(改正民法606条1項)。
 また、賃貸人が相当期間内に修繕対応をしない場合や、修繕に急迫の必要性が認められる場合には例外的に賃借人自身が修繕できるようにすることが合理的であるとの考えから、これらの場合には、賃借人が自ら目的物の修繕ができるようになりました(改正民法607条の2)。なお、このとき、当該修繕義務の本来的な負担者が賃貸人であれば、当該修繕費用は必要費であるとして、賃借人が賃貸人に対し償還請求をすることができます(新旧民法608条)。

(4) 目的物の一部滅失等による契約の解除

 現行民法では、賃借物が賃借人の過失によらないで一部滅失した場合に、残存する部分だけでは契約の目的を達成できない場合に賃借人による解除を認めていました(現行民法611条2項)。しかし、この規定を反対解釈すると、賃借人の過失によって賃借物が一部滅失した場合には、残存部分だけでは契約目的を達成できない場合であっても賃借人が契約を解除することができないと読めるところ、これは賃借人にとって酷ではないかとの指摘がありました。
 そこで、改正民法では、たとえ賃借人の過失によって目的物が一部滅失した場合であっても、それによって契約の目的が達成できなくなる場合には、賃借人が契約を解除することができるようになりました(改正民法611条2項)。ただし、目的物の一部滅失について賃借人に過失がある以上、賃貸人からの損害賠償を受けることになります。
 なお、以上は目的物の一部滅失の場合ですが、従来から、目的物全部が滅失した場合には契約が当然に終了すると理解されていたところ、かかる解釈も明文化されることになりました(改正民法616条の2)。

(5) 転借人保護規定の明文化

 現行民法では、転貸借契約について、「賃借人が適法に(要するに賃貸人の同意をとって)賃借物を転貸したときは、転借人は、賃貸人に対して直接に義務を負う。」という規律(現行民法613条1項第1文)があります。例えば、直接の契約関係にない賃貸人が転借人に対して、転貸料を直接請求することもできるのです。ただ、その範囲については従来から賃借人が賃貸人に債務を負う範囲に限られるとされており、改正民法では、かかる責任の範囲が明示されることになりました(改正民法613条1項本文)。
 また、改正民法613条第3項では、賃貸人が賃借人との間で、賃貸借契約を合意解除した場合には、その大元の賃貸借契約を解除したことをもって、転借人に対し退去・明け渡しを求めることができないという判例法理が明文化されています。この部分には、賃貸借契約を合意解除ではなく、賃借人の債務不履行により賃貸借契約を解除した場合には、賃貸人は転借人に対し退去や明渡しを求めることができる、という別の判例法理も同時に採用したことが含意されています。

(6) 敷金と原状回復義務

 建物の賃貸借契約をする際にもはや当たり前のように支払う敷金ですが、これまで、敷金に関する明文規定は存在せず、もっぱら判例法理によって、敷金に関する法律関係が規律されていました。
 そこで、改正民法では、まず、敷金が「いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保とする目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう」と定義づけをしています(改正民法622条の2第1項柱書括弧書)。契約によっては、敷金と同じ役割を果たす金銭の差し入れとして「保証金」「権利金」という費目が用いられることがありますが、本条には「いかなる名目によるかを問わず」としており、この場合も本条の適用があることが明らかにされています。
 次にその敷金について、これまで判例法理となっていた「敷金返還債務は、賃貸借契約が終了して賃借物の返還を受けたときに発生する」ことに加え、「賃借人が適法に賃借権を譲り渡したときにも発生する」こと、そしてこれも判例法理である「敷金による賃料などの債務への充当は賃貸人のみが行うことができ、賃借人が行うことはできないこと」が明文化されています(改正民法622条の2第1項各号、同条2項)。
 上述した賃貸人たる地位の移転が発生したときの敷金返還請求権の帰趨については、改正民法605条の2第4項が定めており、残額が新賃貸人に承継されることとなっています。これも判例法理を明文化したものです。
 なお、敷金そのもののお話ではないですが、建物賃貸借契約が終了したときには、賃借人はその目的物について原状に復して返還する義務を負う旨を契約中において定めるのが一般的です。しかし、近時はこの原状回復義務について、「もとの状態に戻すために必要なあらゆる費用をすべて賃借人に負担させるもの」という誤った主張を貸主(や管理会社)がして、敷金が賃借人にほとんど戻らなくなってしまうというトラブルが増えているそうです。そのようなトラブルを受け、国交省が平成23年8月に「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(再改訂版)を出すなどしています。このような流れを受けてか、改正民法でも621条において、これまで明示されていなかった賃借人の原状回復義務を明文化しつつ、原状回復義務を負う場合として、「通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年劣化を除く。」として、これまでの判例法理を明文化しています。
 敷金の返還をする、又は受ける場面になったときのその額についてトラブルになった際は、まずは契約書を確認することになると思いますが、このガイドラインや同趣旨の改正民法621条の存在を覚えておくと、そのようなトラブルにも適切に対応できることでしょう。


3 おわりに

 なにかトラブルが起こったときに、六法の中身を読むのはハードルが高いですし、実際の法律の運用は判例や慣習によるところも多いですので、なかなか条文そのものがなにかのトラブルの直接的な解決に貢献することは少ないかもしれません。
 しかし今回の改正によって、条文を見れば解決する賃貸借の問題は以前より大幅に増えたと思います。民法を始めとする法律が今後もっと市民の方々にわかりやすいもの、身近なものとなることを願っています。


4 参考文献

 ・ NBL No.1120(商事法務、2018年)
 ・ 民法(債権関係)改正法の概要 潮見佳男著(金融財政事情研究会、2017年)
 ・ 一問一答民法(債権関係)改正 筒井健夫ら著(商事法務、2018年)




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