債権法改正B  定型約款

弁護士 福原 勇太  
 

1.  はじめに

 生命保険に加入しようとするとき,保険会社から約款を提示されます。そこに記載された個別条項が契約内容となる以上,その約款が重要なものであることは分かっていますが,個別条項の隅々にまで目を通す人は,果たしてどの程度いるでしょうか。
 別の例を挙げてみますと,皆様は,日常生活でバスや鉄道に乗る機会が多いと思います。乗車のたびに運送約款の個別条項を内容とする旅客運送契約を締結していることになりますが,「これはどういう内容の契約だ?」などと意識する人はいないのではないでしょうか。
 さて,今回取り上げる題材は「定型約款」です。民法が改正される前には規定されていなかったもので,この度新設されることとなりました。しかし,約款を用いた契約であれば何でもかんでも改正民法上の「定型約款」に当たるわけではありません。本稿では,どういう場合に民法に拘束されるのか,その内容が不合理でも拘束されるのか,その内容の一方的な変更が許されるのか,などといった点を解説していきます。


2. 新設された経緯

 「定型約款」の規定が新設されるに至った理由は,「見たこともない約款,事業者に一方的に有利な約款,事業者が一方的に変更した約款などに従わなければならないのか。」といったトラブルが少なくなかったことなどにあります。今回の民法改正によって,約款が不明確なために生じるトラブルが減少して,約款取引が安定することや,約款を提示される側の権利保護が進むことが期待されます。


3. ここで言う「定型約款」とは何か?

 改正民法が規定する「定型約款」とは,定型取引に組み込むために準備された条項のことをいいます。次に疑問となるのは,「定型取引」とは何かということでしょう。
 「定型取引」とは,@不特定多数の者との間の取引であって,かつ,A取引内容を画一的にすることが当事者双方にとって合理的である取引をいいます。
@「不特定多数」というのは,「その個性に着目しない」という意味であり,例えば労働契約であれば,労働者の個性に着目した契約を締結する以上,「定型取引」には当たらないことになります。
 一方,A「画一的であることが双方にとって合理的」であるとは,一般的に,相手方全員と同一内容で契約を締結するべきであるといえる場合をいいます。すなわち,相手方に契約内容について交渉の余地を与えなくとも問題無いといえる場合です。例えば,鉄道に乗るために切符を買う際,値引き交渉をする人はいませんよね。このような場合が,相手方に交渉の余地を与えなくとも合理的といえる場合の一例といえます。
 以上が「定型取引」についてのご説明です。
 そして,定型取引に「組み込むために準備された条項」とは何かといいますと,その条項をそのまま契約の内容とする目的で一方当事者が準備したものを指します。そのため,たとえば,売買契約等の基本契約書など,あらかじめ契約書案が作成されていたとしても,相手方が契約内容を十分に吟味し,交渉するのが通常である場合には,「定型約款」には当たりません。
 以上が「定型約款」の定義です。生命保険約款,宿泊約款,運送約款,コンピュータ・ソフト利用規約など,我が国で一般的に「約款」と呼ばれるもののほとんどは,「定型約款」の定義に当てはまり,改正民法の適用を受けることになります。


4. 合意したこととみなされる場合とは?

 改正民法は,以下の2つのケースに当たる場合には,「あなたと『定型取引』をします。」とひとたび合意してしまえば,たとえ「定型約款」に記載された個別条項の内容を把握していなかったとしても,「『定型約款』に記載された個別の条項を内容とする契約をします。」と合意したものとみなされるという,合意擬制についての条項を新設しました。
 まず1つ目のケースは,定型約款を提示された一方当事者が,その定型約款を契約内容に組み込むことに合意した場合です。そして,2つ目のケースは,定型約款を準備した他方当事者が,あらかじめその定型約款を契約内容とすることを相手方に表示した場合です。しかし,バスや鉄道に乗車する際,バス会社や鉄道会社からそのような表示をされた経験は無いと思います。また,会社側としても,乗客全員に逐一表示するというのは困難です。そこで,鉄道営業法,道路運送法を改正し,あらかじめインターネット等で定型約款を公表している場合であれば,特別に合意擬制がはたらくということにしました。
 以上のように,個別条項を把握していなくても合意が擬制されてしまう場合があるのですが,それでは,こちらに著しく不利益な条項が設けられていても,それに気付かなければ合意したことになってしまうのではないかと心配になるのではないでしょうか。大丈夫です。一方当事者に対してあまりに不当な条項や予測できない不意打ち的な条項(たとえば,月額料金が発生するレンタルサーバの契約における,「契約期間を10年とし,中途解約はできない。」という条項や,中途解約をする場合に高額の違約金が発生する条項など。)が定まっている場合には,そのような不当条項については合意しなかったものとみなされるという規定も設けられました(もっとも,民法改正前であっても,不当な条項は,消費者契約法10条等で無効とされていました。)。


5. 約款の内容を知りたいときは

 定型約款の内容を知りたい時には,定型約款を準備した側に対して,「定型約款の内容を示して欲しい。」と請求しましょう。改正民法では,このような請求がなされた場合には,準備した側が定型約款の内容を表示する義務を負うという規定を設けました(請求しなければ,義務は発生しません)。もっとも,請求できる期間は,定型取引の合意前,又は合意後相当の期間内とされており,請求できる期間が限定されています。また,既に定型約款を準備した側が,相手方に対して,定型約款の内容を記載した書面やpdfを提供していた場合には,あらためて表示する義務はありません。
 一方で,定型約款を準備した側が注意しなければならないことがあります。それは,定型取引の合意前に,相手方からの約款内容の表示請求を拒んだ場合には,上述の合意擬制がはたらかなくなるということです。一時的な通信障害で表示できなかったなど,正当な事由がある場合は,原則どおり合意擬制がはたらきますが,表示請求には誠実に対応しましょう。


6. 約款の内容が一方的に変更される場合とは?

 定型約款を準備する側にとっては,法令の改正など,事業を取り巻く環境の変化によって,従前の約款を変更する必要が生じることが少なくありません。その際,せっかく定型約款で画一的に取引をしたのに,その内容を変更するために契約者全員から個別に合意を得なければならないとすると大変煩雑です。一方で,契約の相手方からすれば,一方的に約款の内容を自由に変更させられてしまうとなれば,たまったものではありません。
 そこで,改正民法では,所定の要件を満たせば,一方的に変更した条項の内容を合意したものとみなすという規定を設けました。所定の要件とは,@変更内容が,相手方が誰であっても利益であるといえる場合,もしくはA変更が契約目的に反せず,かつ変更の経緯や内容等に照らして合理的といえる場合です。
 なお,変更する場合には,変更後の条項の効力が発生する時期を定めるだけではなく,変更すること,変更後の内容,効力発生時期を,インターネット等で周知しなければなりません。また,A変更が合理的といえる場合に限っては,効力発生時期が到来するまでに周知しなければ,変更後の条項が効力を生じないこととなります。十分注意してください。


7. 改正前に締結された「定型約款」への適用

 「定型約款」に該当する限り,民法改正前に締結された定型約款にも,改正民法が適用されます。ただし,平成30年(2018年)4月1日から,施行日前(平成32年(2020年)3月31日まで)に反対の意思表示をすれば,改正後の民法は適用されません(改正法附則第33条第2項・第3項参照)。もっとも,現民法には,定型約款の規定がなく,改正民法の適用がないとすれば,法律関係が不安定なままとなってしまいます。反対の意思表示をする場合には,その点をご注意ください。


◇参考文献
「民法(債権関係)改正法の概要」(潮見佳男著)
「Q&A 消費者からみた民法改正」(日本弁護士連合会消費者問題対策委員会編)
「要綱から読み解く 債権法改正」(第一東京弁護士会司法制度調査委員会編)
法務省「民法の一部を改正する法律(債権法改正について)」
(http://www.moj.go.jp/content/001242840.pdf)



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