債権法改正@  消滅時効

弁護士 福原 勇太  
 

1.  はじめに

 はじめまして。昨年12月に当事務所に入所しました弁護士・福原勇太です。これから,同期の山口弁護士とともに,全6稿程度を目処に,来る民法債権法改正(2020年4月1日施行)のうち,特に重要と思われるトピックを6つに分けて簡単に解説していきたいと思います。
 本稿では,消滅時効に関する改正について,私が重要だと考える部分を取り上げていきたいと思います。



2. 時効期間の見直し

(1)   現行法の規程  

@  現行法では,原則として,債権は「その権利を行使することができる時」から「10年間」行使しなければ消滅するものと規定されていました。しかし,債権が消滅するのに原則10年もかかるのは長いという批判がありました。
A  原則があれば例外もあります。例えば,医師の診療報酬債権は3年間,弁護士の報酬債権は2年間,居酒屋のツケは1年間で時効消滅するというように,債権の種類によって時効期間が大きく変わっていました。しかし,なぜ医師と弁護士と居酒屋で期間が異なるのかを合理的に説明することが困難でした。
B  また,現行の商法では,「商行為によって生じた債権」は,「行使できるときから5年間」行使しないことで時効消滅します(商事消滅時効といいます)。しかし,「商行為によって生じた債権」が何なのかが曖昧ですし,商事消滅時効が適用される債権(例えば銀行の貸付債権)と適用されない債権(例えば信用金庫の貸付債権)との間における時効期間の違いを合理的に説明することが困難でした。

(2)   変更された部分  

 改正法では,上記Aの短期消滅時効,Bの商事消滅時効が廃止され,以下のように,債権一般の時効期間として統一されました。
 @の「権利を行使できる時から10年間」という時効期間に加えて,「債権者がその権利を行使することができることを『知った』時」から「5年間」行使しなかった場合にも,時効消滅するという規定が新設されました。ここでいう「知ったとき」とは,その権利が発生していること及び履行期(支払期限)が到来したこと等を認識することを指します。
 このように,5年間という短い期間が新設されたことで実務にどのような影響があるのでしょうか。
 まず、知人との間で個人的に締結するような契約から生じた債権は、履行期が到来した等により権利が行使できるということを知ったときから5年間権利を行使しなかった場合に,時効消滅します。権利行使が可能になってから6年後に権利行使が可能であることを知った場合などを除けば,現行法の10年間よりも早く時効消滅することになります。
 一方で,商事消滅時効が適用される,企業同士の取引上の債権の場合,債権者は契約時点で「この権利はいついつから行使できるものだ。」ということを知っているのが通常です。そうであれば,このような債権については,履行期が到来し,「権利が行使できるようになった時点」において,債権者が「権利を行使できることを知っている」という状態が生じます。そのため,現行法と改正法のいずれにおいても,権利を行使できる時から5年間行使しなければ債権は消滅することになります。このように考えると,法改正が企業実務に与える影響はそれほど大きくないようにも思われます。
 しかし,例えば,信用金庫,信用組合,住宅金融支援機構等を当事者とする債権については注意が必要です。なぜならば,現行法では商事消滅時効が適用されていなかったため,時効期間につき,現行法では権利行使可能な時から10年だったのが,改正法施行後に生じたものについては,権利行使可能なことを知っていると5年間に短縮されてしまうためです。
 以上のように,債権の管理実務においては,債権ごとに時効期間の長さが変わりうることにご留意下さい。

(3)   人の生命身体への侵害に対する損害賠償請求権  

 事故などで人の生命身体が侵害された場合には,通常,損害賠償請求権が発生します。現行法では,損害賠償請求権の構成の仕方によって,時効の期間が変わるということがありました。例えば,医療事故の場合の損害賠償請求権です。適切な治療をしてもらうという契約内容に違反したとして,債務不履行に基づく損害賠償請求権と構成した場合には,「権利が行使できる時から10年間」で時効消滅ということになります。一方で,不法行為に基づく損害賠償請求権と構成すると,「損害の発生と加害者を知ったときから3年間」もしくは「不法行為時から20年間」で消滅します。このように,同じ原因に基づく損害賠償請求でも,構成の仕方で時効の期間が変わっていました。  
 そこで,改正法では,人の生命身体への侵害による損害賠償請求権については,債務不履行,不法行為いずれの場合でも,一律に「損害の発生と加害者を知った時(≒権利が行使できることを知った時)から5年間」もしくは「不法行為時(≒権利が行使できる時)から20年間」のいずれか早い時点で時効消滅することになりました。


3. 分かりづらい言葉を分かりやすく

 現行法では,時効の「中断」,「停止」という文言が使われていました。「中断」とは,既に経過した時効期間をリセットし,「新たに時効の計算を始める」ことをいいます。また,「停止」とは,時効期間をリセットしないが,時効完成を一定期間延期することで「その事由が終了するまでの間は時効が完成しない」ことをいいます。語感と内容が一致していないということで,改正法では,時効の「更新」,「完成猶予」という文言に変更されました。
 文言が変わるだけで,意味は変わりませんので,更新事由があれば,その時から「新たに時効の計算を始める」こととなり,完成猶予事由があれば,「その事由が終了するまでの間は時効が完成しない」こととなります。

4.  「協議を行う合意書面」で負担軽減

 従来,「債権者が債務の存在を承認しているとまではいわないが,債権者との間で協議を行う意思がある」というケースであっても,時効期間の満了間際には経過した時効期間をリセットするため(時効の更新),訴訟提起を行わざるを得ない事態が生じることがありました。改正法では,このような無用な訴訟提起の負担を減らす狙いで,権利について協議を行うとの合意を書面やEメール等で交わした場合には時効の完成が猶予されるという規定が新設されました。

5.  さいごに

 他にも改正された部分はいくつかありますが、とりあえず私が気になった部分を書き連ねてみました。消滅時効についての改正は、現行法よりも分かりやすい内容となっていたり、今まで明文化されていなかった判例法理なども組み込まれていたりと、大変良い改正だと思います。皆様が消滅時効についての理解を深めるにあたり、本稿が多少なりともその助けになれば幸いです。


◇参考文献
 ・ 「条文から分かる民法改正の要点と企業法務への影響」(末廣裕亮,篠原孝典,河上佳世子著)
 ・ 「要綱から読み解く債権法改正」(第一東京弁護士会司法制度調査委員会編)
 ・ 民法(債権関係)改正法の概要(潮見佳男著・金融財政事情研究会)
   







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