【セクシャルハラスメントを巡る裁判例と実務の対応】

〜女性活躍推進法の施行を受けて〜

弁護士 高原 わかな  

1 はじめに

男女雇用機会均等法にセクシャルハラスメント防止のための事業主の配慮義務が定められたのは、平成9年改正ですので、それから、約19年が経過しました。
この配慮義務は、平成18年改正により、措置義務へと強化されたという経過がありますが、今の世の中では、セクハラという言葉やセクハラはやってはいけないことということを、知らない人はいないと言ってもよいのではないかと思います。
しかし、今でも、労働局の雇用均等室への均等法に関する相談件数は、セクハラが一番多いというのが現状です。
つまりセクハラはいけないと分かっていても、何がセクハラか判断がつかない、本音ではセクハラはたいした問題ではないと思っている人がまだまだ多いのではないかと考えられます。
このように、セクハラ問題は、企業にとって、依然として重要な課題と考えられますので、今回は2つの裁判例を簡単にご紹介し、企業におけるセクハラ対応について考えてみたいと思います。

 

2 裁判例の紹介

まず、今回取り上げる2つの判例の法的な位置づけを下記のとおりイメージ図で表してみました。

セクハラに関する裁判というのは、だいたい2つのパターンに分かれていますが、
1つめのパターンは、セクハラを受けた被害労働者が、加害労働者と企業に対して損害賠償請求などを行うもの、2つめのパターンは、セクハラを行った加害労働者に対して、企業が懲戒などの処分をしたことに対して、加害労働者がその処分を争うものです。
1つめのパターンとして、日銀京都支店長事件を、2つめのパターンとして海遊館事件を取り上げました。


そもそもセクハラとは何かという点については既にご存じの方も多いと思いますが、今回、取り上げる判例は、セクハラ行為の内容は異なりますが、いずれも直接的に不利益な取扱いを課されたというケースではなく、加害労働者の行為に耐えかねて職場を辞めざるを得なかったというケースであり、いわゆる環境型のセクハラの事例に該当します。


(参考)



(1) 裁判例@日銀京都支店長事件について

本件は、日銀京都支店の支店長が、女性銀行員を夕食に誘い、夕食後、有名ホテルの会員制クラブに連れて行った上で、クラブ内で、キスをしたり、洋服の中に手を入れて直接胸を触ったりするという行為をしました。そして、その後も、その女性銀行員をしつこく食事に誘ったため、女性銀行員は体調を崩し、最終的には職場に居づらくなって退職したという経過です。
詳しい内容は、判決(京都地裁H13.3.22)を裁判所HPでご覧いただきたいと思いますが、典型的かつ悪質なセクハラ行為の事例です。
この裁判では、セクハラ行為が原因で、被害労働者が退職したかどうか、つまりセクハラと退職との因果関係が争点の1つとなりましたが、裁判所は、企業のセクハラに対する問題意識の低さや被害者を組織的に支援する雰囲気が職場にないことなどを理由に因果関係を認め、給与1年分が損害として認められました。
企業としては、最終的には社内調査をして、加害労働者に対して一定の処分(譴責)はしたのですが、判決では、企業のセクハラ問題への取組姿勢に問題があると指摘されています。

企業側から見ると、セクハラと退職との因果関係が認められ、経済的損失も損害として認められると、支払う賠償額が大きくなりますが、その判断においては、企業側のセクハラ問題に対する取組姿勢や事後対応が適切であったかという点が重視されるといえます。


(2) 裁判例A海遊館事件について

詳しい内容は、判決(第一審:大阪地裁H25.9.6判決、控訴審:大阪高裁H26.3.28判決、上告審:最高裁一小H27.2.26判決)を裁判所HPでご覧いただきたいと思いますが、この裁判は、課長代理2名に対して、企業が行った、セクハラ行為を理由とする出勤停止や降格などの処分の有効性が争われた事案で、地裁が処分有効、高裁が処分無効と第一審と控訴審の判断が分かれました。


このケースは、主に言葉によるセクハラであって、身体を直接触るといった行為は認められなかったこともあり、最高裁の判断に注目が集まったのですが、最高裁は会社の処分を有効と判断しました。
身体を直接触ったり、性的関係を迫るような発言はありませんでしたが、加害労働者の発言内容をみると、問題となった2名は、卑猥な発言などを長期間継続して行っており、結果として被害労働者が退職に追い込まれたことを考えると、最高裁の判断は妥当であったと思われます。
また、この事案では、企業側は女性顧客や女性従業員が多いことからセクハラ防止を重要課題ととらえ様々な取組を行っていたという事実があり、裁判所としても、企業が自ら立てた方針に従って行った処分については、企業の判断を尊重するという姿勢も見て取れます。
裏を返せば、立派な方針は立てたものの、実際は全くそれに従った運用はなされていない場合などは、企業の責任が厳しく問われるのではないかと考えられます。


(3) まとめ

この2つの判例に共通している点としては、支店長や課長代理といった企業内で地位の高い管理職が加害者である一方、被害者は、一般職員や派遣労働者といった立場の弱い女性従業員であること、つまり、管理職という立場にある人間、つまり本来セクハラ防止に務めなければいけない立場の人間が、職場での力関係を利用してセクハラを行っているという点があります。


また、加害者にセクハラをした、つまりやってはいけないことをしたという認識がほとんどないことも共通します。
さらに、被害者は、日銀事件のように、被害を会社に訴えたことにより職場に居づらくなって退職したり、海遊館事件のように、退職を決意するまでは被害事実を申告できなかったというように、セクハラによって、被害者が退職せざるをえない状況に追い込まれている点も共通します。


つまり、この2つの事件には、加害者男性の加害意識のない軽率な行動によって、被害者女性が、被害者であるにもかかわらず、退職というより大きな不利益を甘受せざるを得なくなっているというセクハラ問題の構図が顕れていると言えます。

このようにセクハラ問題というのは、女性を職場から拒絶し、排除することにつながる深刻な問題であり、女性が勤務を継続できなければ、女性活躍推進も絵に描いた餅に終わってしまいます。そして、女性が意に反する退職に追い込まれない、勤務が継続できる環境を整えるという意味においては、加害者の処分や損害賠償といった事後的な措置では不十分であり、セクハラのない職場環境をつくり、職場から女性を排除することを防止することが何よりも重要です。

3 実務の対応

実務の対応としては、セクハラを放置することは、企業に対して大きな不利益(職場環境の悪化・能力発揮の阻害・人材の流出、企業秩序への悪影響・円滑な業務遂行の阻害、企業の社会的評価へのダメージ、損害賠償請求のリスク)をもたらしますので、企業としては、セクハラ問題を真摯に受けとめ、自らの方針と対策を定立し、それに反する行為に対しては厳正かつ適切な対応を行うこと、セクハラをさせない環境、被害労働者が相談しやすい環境を整えることが重要です。


具体的なセクハラ対策としては、均等法により雇用管理上必要な措置を講ずることが事業主に義務づけられおり、セクハラ指針も出されていますので、まずは指針に従って、会社の実情にあったセクハラ対策を構築することが必要です。


上記指針は、企業が実施しなければならない項目として、次の10項目をあげています。

事業主の方針の明確化及びその周知・啓発
@ セクハラの内容、あってはならない旨の方針の明確化と周知・啓発
A セクハラ行為者への厳正な対処方針、内容の規定化と周知・啓発
相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備 
B 相談窓口の設置
C 相談に対する適切な対応
職場におけるセクシャルハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応
D 事実関係の迅速かつ正確な確認
E 被害者に対する適正な配慮の措置の実施
F 行為者に対する適正な措置の実施
G 再発防止措置の実施
上記1から3までの措置と併せて講ずべき措置
H 当事者等のプライバシー保護のための措置の実施と周知
I 相談、協力等を理由に不利益な取扱いを行ってはならない旨の定めと周知・啓発

この中でも特に重要なのが、「1 事業主の方針の明確化、及びその周知・啓発」という点であり、なぜセクハラをしてはいけないのか、セクハラとは何かという点について繰り返し職場で確認することが重要です。
その際、女性の権利保護、男性対女性というよう対立軸ではなく、セクハラのない職場環境が、男女問わず従業員にとって良好な環境である一方、セクハラを放置することが、被害労働者に不利益を与えるだけでなく、男性従業員や企業自体に不利益を与える行為であること、つまり女性だけの問題ではないことについて十分理解してもらうことが大切だと思います。


また、深刻なセクハラ行為を防止するためには、その前段階の言動やセクハラの温床となるような職場の雰囲気をできるだけ早く察知する必要があります。
その意味では2に掲げる体制整備が重要ですが、単に相談窓口を設置するだけなく、相談しやすい利用しやすい環境を作る、相談したことで不利益を受けないという安心感、相談内容を真摯に受け止め誠実に対応してもらえるという安心感をもってもらうということが、作った仕組みを活用するために必要になります。
先ほど紹介した日銀事件でも、相談窓口を作っていたにもかかわらず、被害労働者もその相談にあたっていた管理職もその存在を知らなかったということが、取組の不十分さを裏付ける事実の1つとされています。
要するに単に形を整えるだけでなく、それが本当に活用されるための努力を地道に継続していくことが大切だといえます。


繰り返しになりますが、女性活躍推進のためには、その前提として、セクハラのない環境が必要です。事後対策も大切ですが、まずは予防、セクハラをしない・させない環境作りが、企業にとって最も重要であること意識して、今後のセクハラ対策に取り組んでいただけると幸いです。




   


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