夫婦別氏制度について

弁護士 松木 裕  

  つい先月のことですが,2月18日,夫婦同氏を定めた民法が憲法や女性差別撤廃条約に違反するとして国に慰謝料を求めた国家賠償請求訴訟が最高裁判所の大法廷に回付されることになりました。
  昨今叫ばれている女性の社会進出という中で,この事案もその一つの動きという風に位置づけることができるかもしれません。しかし,事実上,妻が夫の氏を称することが多いことから女性の問題と位置づけられることもありますが,法律的にはどこまで個人を尊重するのかという点が問題となります。本稿は,この事案から夫婦別氏に関する法律論,法制度論について,その概略を説明したいと思います。

1 夫婦別氏とは
   
ア 法の規定と夫婦別氏について
    民法750条は,「夫婦は,婚姻の際に定めるところに従い,夫又は妻の氏を称する」と規定しています。つまり,現行法上,@夫婦の氏は,婚姻の際に夫婦の協議によって定められること,Aその氏は,夫又は妻のいずれかが婚姻前から称していた氏から選択する必要があるということです。
  いわゆる夫婦別氏とは,この規制を撤廃し,夫婦が望む場合には,結婚後も夫婦がそれぞれ結婚前の氏を称することを認める制度です(これは戸籍上も別氏であることを前提にした制度です。)。
   イ 夫婦同氏から別氏へ
    そもそも,夫婦の氏を統一するという制度は,明治民法を起源としています。当時,「家」制度のもと,氏は「家」の名称でした。「家」とは,簡単にいうと,家長制度で,その家の長男が一番えらい,財産もすべて長男が継承するという考えです。
  その「家」制度は,現行民法が制定され,「家」より「個人」を重視しようという考えのもと廃止されました。しかし,「家」の名称とされた氏は,現行法上もその名前が残りました。現行法下で「氏」は,個人の呼称となりました(もっとも,「氏」の性質については争いがあります。現在は,「氏」が人の同一性を明らかにするものであると同時に,それが純粋に個人的なものでなく,現実の家族共同生活をする個人の共通の呼称としての性質を有しているという考えが広まっています。私たちが暮らして行く中で,「氏」は自分を表すものであると同時に,家族の一人であることを表す面もあるからです。)。
  この点,NHK氏名日本語読み訴訟において,最高裁判所が,氏名というのが,「個人を他人から識別し特定する機能を有するものであるが,同時に,その個人からみれば,人が個人として尊重される基礎であり,その個人の人格の象徴であって,人格権の一内容を構成するもの」であると判示したことは注目すべきです(最三小判昭63.2.16民集42巻2号27頁)

2 夫婦別氏を認めるべきという動き
 
  近時,女性の社会進出,夫婦共働きが当たり前になり,より個人の意思を尊重すべきであるという考えが強くなってきています。より個人を尊重する考えのもとで,夫婦になるために,なぜ今まで名乗っていた氏を変えなければならないのか,婚姻しても氏を変える必要がないのではないかという疑問がより強くなってきたようです。婚姻時に氏を変更することで生じるデメリットは,@各種書類等の名義変更等の不利益,A他人に結婚・離婚という私事を知られること,B氏が家名的な意味合いを持ち,今まで使用していた氏を名乗れず,自己が喪失するというものが挙げられます。また,C仕事をしている女性から,個人の実績が重視されたり対外的な仕事が多かったりする分野で仕事上の不利益があるとの指摘もあります(例えば,旧姓で論文を発表していた場合など。)。
  さらに,妻が夫の氏を名乗ることが多いことから,法律上どちらの氏を選択するか制度上自由であるが,事実上男女不平等であるという声もあります。

3 夫婦別氏を認めるべきでないという論拠
 
  これに対し,夫婦同氏に賛成する意見もあります。
  夫婦同氏によるデメリットより,夫婦で同じ姓となり,新たな家庭を築くという喜びを持つ夫婦の方が多数であるというものです。
  また,夫婦別氏にすると子供の氏をどうするのかという問題もあります。

4 裁判例の分析
 
では,本件事案において,実際にはどのような法的主張をしているかをみていきます。
   (1) 夫婦別氏を認めるべきという主張
 
 ア   @憲法13条,A憲法24条,B女子差別撤廃条約16条1項に基づいて,民法750条が違憲であることを主張しています。
 イ   @憲法13条の主張について
  憲法13条とは,「すべて国民は個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求権に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする」とし,生命・自由・幸福追求権を規定しています。
  この条文は,憲法制定時に想定されていなかった人権を保障する根拠となりえます。つまり,他の条文は,憲法制定当時考えうる人権を列挙していますが(例えば「表現の自由」など),時代の変化によって列挙された人権以外にも保障すべき人権があるのではないかと考えられました。もっとも,何でも権利として保障すると無制限になることから,限定的に人権を保障します。このことを,「人格的生存に必要不可欠な権利・自由を包摂する包括的な権利を規定している」といいます。つまり,個人にとってどうしても必要なことは,それを権利として保障しましょうということです。いわゆる「プライバシー権」は,憲法13条を根拠にしています(もっとも,最高裁判所はプライバシー権を真正面から認めていません。)。
  これを前提に憲法13条に基づく夫婦別氏賛成の主張を検討します。その骨子は,生まれてから名乗っていた氏は,他人との違いを生み,また,自分のアイデンティティーの一つであるから、これは重要な権利として保障すべきであって,だからこそ夫婦同氏を規定する民法750条は,違憲であるというものです。
 ウ   AおよびBについては,省略します。
  (2) 夫婦別氏に反対の主張
 
 ア   憲法13条の主張については,夫婦別氏を選択できる制度自体の構築を要求する権利は保障されていないし,また,氏を自由に決める権利が憲法上保障されるような実情にはないとするものです。
 つまり,氏の制度は,現行の婚姻制度の存在を前提にしており,氏も法律を前提としたものです。そのため,氏の変更を強制されない権利というものが法律によって侵害されているとは考えられないというものです。
  また,氏の制度はあくまで立法政策上の問題であって、夫婦同氏であることに賛成している国民も多くいる社会情勢からしても,氏の変更を強制されない権利が憲法上保障される段階にはないというものです。
 イ   AおよびBについては,同様に省略します。
(3) 裁判所の判断
 
 ア   一審判決は…
  人格権の一内容を構成する氏名について,憲法上の保障が及ぶべき範囲が明白であることを基礎づける事実は見当たらず,婚姻に際し,婚姻当事者の双方が婚姻前の氏を称することができる権利が憲法13条で保障されている権利に含まれることが明白であるということはできない(原文ママ)
  夫婦別氏に関する議論を踏まえつつ,その事情をもって婚姻前の氏を称することができる権利が保障されているとはいえない
  旨判示しています。
 イ   控訴審判決は…
  氏自体は民法その他の法令による規律を受ける制度というべきであるから,氏に関する様々な権利や利益は,法制度を離れた生来的,自然的な自由権として憲法で保障されているものではないというべき(原文ママ)
  と判示しています。
(4) 考え方
 
 ア   このような憲法上の権利が問題とされる事案について,どのように考えられているか,簡単に一例を紹介します。
  まず,対象とされる権利が憲法上保障されており,その憲法上の権利が制約されているかを考えます。法というのは一定の考えのもとで,重要だと思われる事項を守るものであって,守るに値しない事項については法による救済を与える必要がないからです。
  その上で,その制約されている程度を考えます。制約されている程度が著しいということになれば,その制約は違憲となります。
 イ   この考えを前提に,裁判例の考えをみていきます。一審判決は,婚姻前の氏を称することができる権利が憲法13条で保障されているとはいえない旨判示し,そもそも憲法上の権利として保障されていないという判断をしています。控訴審判決も結論として同様の見解です。氏の変更を強制されない権利は憲法上の権利として認められないというものです。
  ここで,控訴審判決も判示している「氏自体は民法その他の法令による規律を受ける制度」という点に着目したいと思います。


5 法制度上の夫婦別氏議論
   
(1) 法制度の問題なのか?
    夫婦別氏の議論は,法律の問題より法制度の問題として国民の意識が重要な問題であるという指摘があります。控訴審判決でも指摘されています。
  つまり,氏の制度は,法律の制度であって,あくまで立法において解決すべき問題ではないかということです(これは夫婦別氏に反対の主張でもなされています)。本件事案においても,氏の変更が強制されないことが憲法上権利として保障されているという議論に乗せる難しさはあるかもしれません。
   (2) 制度論としての議論
    夫婦別氏を法律上導入するかについて,上記でも一部双方の意見を見ましたが,どのような問題意識があるのか再度検討したいと思います。
  論点として@夫婦の氏が戸籍上異なることについて,A子供の氏をどうするかということが挙げられます。
 
 ア   @夫婦の氏が戸籍上異なることの評価について
 (ア)   氏の位置づけについて
  賛成派からは,夫婦別氏が別氏を強制するものではなく,選択したい人にそれを認めようというものというに過ぎず,夫婦同氏を強制することは特定の価値観を押しつけるものであると批判します。
  これに対して,家庭のありかたは個人の問題にとどまらず,その社会の基本原理の問題であるから,何でも自由に選択できるというのはおかしいと反論します。
 (イ)   制度導入の当否について
  その上で,夫婦別氏を導入するか,その可否が問題となります。
  その問題について,氏が個人のアイデンティティーであるという見解について考えてみましょう。これは氏が家族の共同体として有している性質をどこまで尊重すべきかという点に帰結します。個人の尊重のもと氏を自由に選択すべきか,それとも家族制度なる共同体の性格を尊重すべきか,家族のあり方の根本問題に触れる問題なので意見が分かれるところです。
 イ   A子供の氏の問題について
  平成8年の法制審議会の答申においては,夫婦別氏制度の導入を提言し,子の氏は兄弟間で統一し,別氏を選択した夫婦は結婚の時に子がどちらかを名乗るかを決めることとしました(なお,法務省は,平成8年および平成22年に,上記答申を受けて改正法案を準備しましたが,国民の意見が様々であることから,いずれも国会に提出はされていません。)。
  この見解に対して夫婦の意見が一致しない場合がどうなるのかという問題点があります。意見が不一致の場合に備えて制度を作ろうにも,夫婦のどちらか一方の氏を子供の氏として選択するというものですから,家族をどのように考えるかという問題となり,先のように社会制度として簡単に導入することは難しいのかもしれません(ちなみに北欧では母の氏とするところが多いそうです)。
(3)    以上のように,氏の問題は家族のあり方をどのように考えるかという社会問題の側面で強いように思えます。現行民法上,婚姻制度のもと家族共同体であることに価値を見出していますが,その考えを改めるべきなのでしょうか。
  この問題については,福沢諭吉も問題意識を持っていたそうです。家庭は「家と家」が作るものではなく,「人と人」が作るのだから,「妻が夫の姓を名乗るのはおかしい。夫婦は新しい姓を作るべきだ」と述べています。
  社会的にも問題意識が高まっている中,最高裁判所大法廷に回付されたことで、夫婦別氏についてどのような判断がなされるのか,その判断には法律上の議論も含め大変興味深いものがあります。

 追記
 平成27年12月16日,最高裁判所にて初めて民法750条の憲法適合性について判断が下されました。その判断の詳細な理由については割愛をさせていただきますが,結論としては,民法750条は憲法13条,同法14条及び同法24条いずれにも反しないとして,その請求を退けています。ただし,15名の裁判官のうち,4名の裁判官は憲法24条に違反するという意見(ただし,国賠法上の違法性を認めない),1名の裁判官は憲法24条に違反し,かつ,国賠法上の違法性を認めるという反対意見を出すなど,夫婦別氏に関する問題は今後も議論が続くことが予想されます。

(参考文献)
内田貴『民法W(補訂版)』東京大学出版会2011
判例タイムズ1393号81頁
法学教室1991.2 No125 13頁
法務省HP「選択的夫婦別氏制度(いわゆる選択的夫婦別姓制度)について」
  http://www.moj.go.jp/MINJI/minji36.html
日本経済新聞 平成27年3月7日 33面
産経新聞 平成27年3月1日 10面


 夫婦別姓に関わる書籍は多数ありますので,興味のある方は是非一読してみて下さい。


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