去る、平成26年5月29日、顧問先様を対象とする「パワーハラスメントと精神疾患を理由とする休職等について」と題するセミナーを開催しました。医学博士門倉眞人医師(精神保健指定医)の「最近のうつ事情」との基調講演に続き、関義之弁護士、高原わかな弁護士が労働法の観点から講演をしました。
以下、両弁護士の講演内容の一部をご紹介します。
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第1 パワーハラスメント全般について |
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まず、パワハラおよびこれに対する使用者としての対応等についてご説明致します。
1 パワハラの相談件数
都道府県労働局への相談件数をみると、平成14年当時は、民事上の個別労働紛争のうち、6.4パーセントが「いじめ・嫌がらせ」に関する相談でした。しかし、この割合は年々増加していき、平成24年度には20.3パーセントとなり、相談内容の中でもトップを占めるようになりました(なお、セミナー終了後に平成25年度の状況について公表されましたが、「いじめ・嫌がらせ」に関する相談件数は前年度から14.6%増加し、全体に占める割合は19.7%と若干減ったものの2年連続でトップとなりました)。
また、精神障害の労災補償の支給決定件数についても、パワハラと考えられる「いやがらせ、いじめ、又は暴行を受けた」、「上司とのトラブルがあった」が原因となっているものが年々増加している傾向にあります。
このように、パワハラによる問題事例は顕著な増加傾向にあります。
2 パワハラによる影響
パワハラは、被害者個人の心身の健康を害するだけでなく、「職場の雰囲気が悪くなる」、「職場の生産性が低下する」、「人材が流出してしまう」、「訴訟などによる損害賠償など金銭的負担が生じる」、「企業イメージが悪化する」など、会社全体や会社に在籍する他の社員にも悪影響を与えることも指摘されており、パワハラの発生の前後を問わず会社として対策を講じることが必要な重要な問題ということができます。
3 パワハラの定義
そもそもパワハラとは何かについて、法律や判例において明確な定義はなされていません。
一方、厚生労働省は、平成24年3月15日「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」において、「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言」を発表し、この中で、「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」をパワハラだと定義しています。当然、「業務の適正な範囲を超え」ないならば許されますのでその線引きが問題となります。
また、同提言においては、パワハラの行為類型としては、@暴行・傷害、A脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言、B隔離・仲間外し・無視、C業務上明らかに不要なことや遂行上不可能なことの強制、仕事の妨害、D業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと、E私的なことに過度に立ち入ることの6つがあると指摘しています。
4 パワハラへの事後対応@(事実確認)
パワハラが発生した場合、まずは@事実関係の確認が必要となります。
そして、パワハラの事実が確認できたか否かに応じて、A被害者への対応、B加害者への対応、C再発防止策を検討していくことになります。
@事実関係の確認においては、関係者へのヒアリング、客観的証拠の保全・確認(メール等)を行い、総合的にパワハラがあったか否かの判断をします。被害者、加害者でヒアリング内容が相違した場合には、客観的事実との整合性、第三者供述との整合性、供述の一貫性・具体性・内容の合理性などからどちらがより信用できるかを判断することになります。
5 パワハラへの事後対応A(パワハラが確認された後の対応)
パワハラが確認された場合、A被害者への対応として、被害者が何を望んでいるかにより、加害行為の中止、関係改善への援助、労災申請、加害者の刑事告訴、被害届提出などに協力することが必要となります。また、被害者は、加害者に対して損害賠償請求することができ、さらに、パワハラが発生したことについて会社にも責任がある場合には、会社に対しても損害賠償請求することができるので、その対応については十分注意する必要があります。
B加害者への対応としては、懲戒処分の検討をします。また、パワハラが継続することを防止するため、被害者との接触がおきないようにするために加害者を配置転換することも必要となってきます。
C再発防止策としては、まず、関係当事者である被害者・加害者への対応として、定期的な面談等を通じてフォローすることが必要となります。
また、その他の社員に対しても問題意識を共有し、同様の被害を防止するため、社内報、パンフレット等で周知、啓発を行い、パワハラについての研修、講習等を実施することも考えられます。
6 パワハラの事前予防
上記のように、パワハラが一度でも発生してしまうと会社としてもその対応に追われることとなり、通常業務にも支障がでてくることが考えられます。
そこで、未然にパワハラを予防する手段として、従業員向けのパワハラについての講演・研修会を行うこと、社内アンケートでパワハラ(もしくはそれに類似する行為)がないかを会社側が把握することなどが考えられます。
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第2 休職制度について |
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次に、休職制度についてご説明致します。
1 休職とは
休職とは、ある従業員について労務に従事させることが不能または不適当な事由が生じた場合に、使用者が従業員に対し労働契約関係そのものは維持させながら労務への従事を免除または禁止することを言います。
もっとも、休職制度は法律に定めがないため、就業規則でルールを定める必要があります。
2 私傷病休職
休職には、その理由により様々な種類がありますが、今回は、業務外の傷病による長期欠勤が一定期間(通常は3〜6ヶ月)に及んだときに休職させる(就労義務を免除する)制度である「私傷病休職」についてご説明します。
私傷病休職は、従業員が疾病に罹患して一定期間就労できない場合に、その期間の就労義務を免除して療養に専念させて解雇を猶予するところにあり、休職期間の長さは、勤続年数や傷病の性質に応じて定められます。
また、休職は一定期間の解雇の猶予であるため、休職期間経過後、傷病から回復し就労可能となれば復職となり、休職期間満了時に回復していなければ自然退職または解雇となります。
3 精神疾患による休職開始時の留意点
精神疾患による休職の場合には、それが業務上の傷病か私傷病によるものかが問題となります。
業務上の傷病の場合は、私傷病休職制度の適用場面ではなく、労基法19条により解雇制限がされるため、業務上の疑いがあるにもかかわらず、安易に私傷病休職として、期間満了時に退職扱いとすると紛争化するリスクがあります。
また、休職後に復職の可能性があるのかにも留意する必要があります。
4 休職中の対応
休職を開始するにあたっては、当該従業員が休職期間中に治療を行うように、療養専念義務があることを確認する必要があります。
また、使用者において治療状況を確認するため、当該従業員との間で休職中の連絡・報告に関する取り決めをすること、回復状況を確認するため定期的な診断書の提出をしてもらうこと、最終的な復職の判断をするための休職期間満了に際しての連絡時期(復職判断のための期間確保)についての確認をしておくことも必要となります。
5 精神疾患による休職期間満了時の留意点
休職期間満了時には、復職になるか、退職になるかが問題になってきます。通常は、休職事由が消滅したとき、すなわち、傷病が治癒して就業が可能となっているかの判断が問題となります。
この点、治癒とは、原則としては休職期間満了時に従前の職務を行える状態にあることが必要になりますが、復職させる職務や治癒の時点について拡大させる方向の判例が出されています。
片山組事件判決(最判平成10年4月9日)は、復職させる業務内容について、労働契約において職種の限定がなされていないことを前提に、「上告人の能力、経験、地位、被上告人の規模、業種、被上告人における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして上告人が配置される現実的可能性があると認められる業務が他にあったかどうかを検討すべきである」と判示しています。
また、全日本空輸事件(大阪地判平成11年10月18日)は、休職期間満了時点において治癒していない場合について、「直ちに従前業務に復帰ができない場合でも、比較的短期間で復帰することが可能である場合には、休業又は休職に至る事情、使用者の規模、業種、労働者の配置等の実情から見て、短期間の復帰準備時間を提供したり、教育的措置をとるなどが信義則上求められるというべきで、このような信義則上の手段をとらずに、解雇することはできないというべきである。」と判示しています。
6 休職についてのその他の留意点
また、休職に関しては、復職後の条件変更に対応できるよう賃金規程を整備したり、復職支援の一環としてリハビリ出勤制度等を創設しておくと、休職明けの従業員がスムーズに復職を行うために役立ちます。
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第3 労災について |
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最後に、パワハラによって労働者がうつ病等の精神疾患になってしまった場合など、すなわち、業務上の理由により従業員に疾病が発生してしまった場合、労働者がいかなる補償を受けることができるか、および、これに対して使用者がどのような責任を負うかについてご説明します。
1 労災補償制度
労災補償制度とは、労働者が業務上負傷し、疾病にかかり、または、死亡した場合に、使用者に、療養補償・休業補償・打切り補償・障害補償・遺族補償・分割補償・葬祭料を支給させる制度です。
労災補償制度は、労働者保護の観点から、使用者の安全配慮義務違反などを前提としない無過失責任になっているため、業務上の傷病または疾病であるとして労災認定を受けられれば、給付を受けることができます。
2 業務上の疾病についての認定基準
業務上の疾病とは、事業主の支配下にある状態において有害因子にさらされたことが原因で発症した疾病であるとされていますが、傷病と異なり疾病と業務との因果関係の有無の判断が困難であるため、厚生労働省令において認定基準が定められています。
うつ病などの精神疾患については、「心理的負荷による精神障害の認定基準」が定められており、これによると、@認定基準の対象となる精神障害を発病していること、A認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね6ヶ月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること、B業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないことの3つが要件とされています。
3 労災民訴
労災に補償が受けられた場合でも、労災による給付を超える損害が発生していれば、使用者に対して安全配慮義務違反や不法行為として責任が発生する場合があります。
この場合は、労災とは異なり、使用者に過失があることが前提になります。 |