『 問題行動社員 』 への対応策
弁護士 舘  彰 男   


1. はじめに


 会社には、問題行動やトラブルを起こす社員がいることが少なくありません。
 遅刻・欠勤の常習者、他の社員との協調性に乏しく身勝手な者、セクハラ・パワハラを行う者、仕事の能力が著しく低い者(「ローパフォーマー」と呼びます)、異動・転勤を合理的理由なく拒否する者など、様々なタイプの「問題行動社員」がいます。
 高度経済成長時代・バブル時代など、経済が右肩上がりのときには、このような社員が社内に数名いたとしても、会社に体力があるので、抱え込んでおくこともできました。
 しかし、現在のような厳しい経済情勢のもとでは、このような社員を放置しておくわけにもいきません。
 どうしたらいいでしょうか。
 この問題への対応策は、本来は、問題行動社員のタイプによって様々ですが、紙幅の関係上、以下、どの問題行動社員に対しても基本的に共通する方法をご説明します。


2.  対応策


2.1. 経営者・管理職自身の意識改革と、問題行動社員への改善の努力

 最初にご注意しておきたいことがあります。
 問題行動社員を会社が抱え込んだのは、経営者や管理職が、そのような者を見抜けずに採用したことや、また、その後の問題行動を黙認したり、見て見ぬふりを続けてきたことなど、経営者等にも責任があることが多いということです。
 したがって、ここで説明するのは、安易な首切り(解雇)では決してありません。
 「うちの会社に、このようなこと(問題行動を列挙)をする社員がいます。解雇したいのですが、どうしたらできますか。」とご相談に来られる方がいます。
 しかし、ご相談者に対し、「今まで、その社員の問題行動に対し、注意、指導や教育をし、また、顛末書や始末書を出させるなどしてきましたか。」と質問すると、「いいえ。特にそのようなことはしていません。」とお答えになり、「では、解雇を争われて、裁判官から、『貴社は、そのような行動を会社として容認してきたのではないですか。』と言われたらどう反論しますか。」とお聞きすると、黙ってしまう、ということが往々にしてあります。
 問題行動社員に対し、会社として指導・教育など改善の努力をすることなく、いきなり解雇しても、社員から法的に争われたら、裁判所が、解雇には合理的な理由がない(「解雇権の濫用」)として、解雇は無効と判断する危険があります。
 問題行動社員に対しては、会社として改善の努力をした上で、それでもなおかつ辞めてもらわざるを得ないときに、退職勧奨や解雇の途を選択するべきです。
 問題行動社員の対策を考えるにあたっては、まず、会社自体として、問題行動を黙認してしまう社風がなかったか、管理職も「しょせん、問題社員に支払われる給料は会社のお金に過ぎない。指導しても、言い返してくるから、ストレスなので、見て見ぬふりをしておこう。」という意識がなかったかなどを振り返って考えてください。
 もし、このようなことがあったのならば、経営者自身の意識や姿勢を変え、管理職の教育課程を充実させて、管理職としての自覚を持たせるようにし、かつ、会社全体に、今まで黙認されていたような行為は今後許されないことを周知させるなど、会社自体の意識を改革する必要があります。


2.2. 一番良い対策は、採用しないこと


2.2.1 採用について

 もっとも良い対策は、問題行動を起こす人物を採用しないことです。
 これが、問題行動社員への対策として、一番コスト(時間、労力、費用)がかかりません。
 会社が、いつ、誰を、どのような条件で雇うかは、原則として自由です。
 例外として、男女雇用機会均等法、障害者雇用促進法、雇用対策法、労働組合法の4つの法律により、性別・年齢・労働組合加入の意思の有無などによって採用基準に差別を設けることは禁止されますが、このような採用基準によらなければ、採用の可否は、会社が自由に判断できます。
 いったん採用してしまうと、その者を安易に解雇することはできません。
 いわゆるコネで紹介された人物を安易に採用したら、実は問題があり、業務に大変支障が生ずるということもあります。
 採用判断にあたっては、例えば、以下の事項をチェックすることが考えられます。
 @会社が求める能力を備えているかの客観的な確認(入社試験の成績、卒業校の成績証明書、各種資格など。面接での人当たりの良さや、弁舌の巧みさなど、一時の印象で決めるのは危険です)。
 A履歴に問題行動をうかがわせる内容がないかの確認(短期間の間に就職と退職を繰り返していないかなど。従前の勤務先に対する退職理由の確認もできたらベターですが、「プライバシーの侵害」と言われないよう注意が必要です)。
 B健康状態の確認(健康診断受診結果のほか、メンタル面の病歴確認など。なお、原則として、業務の目的の達成に必要な範囲内で個人情報を収集することは適法です)。
 問題行動を起こす人物かどうかということを、一度や二度の試験・面接で見極めることは難しい面がありますが、できるだけ、採用時に見極めるべきです。
 貴社の採用基準が、客観性に乏しく(「明るくはきはきとしているか」「眼を見て話すか」程度の基準など)、面接官の主観や裁量に左右される部分が大きいような場合は、採用基準を見直すことをお勧めします。


2.2.2 内定・内々定

 いったん「内定」を出すと、内定取消には、相当に厳しい条件が課されます。
 すなわち、判例によると、「内定」は、雇用契約が成立し、これに使用者の解約権が留保されたものと解されています。
 しかし、使用者がこの解約権を行使して内定取消をすることに対しては、裁判所は厳しい態度をとっており、整理解雇に準じた条件(内定取消の必要性、取消の回避努力、人選の妥当性、内定者への説明)が必要とされています。
 最近は、このようなことも踏まえ、「内々定」という、「内定」よりもさらに前段階にある方式をとる企業もあります。
 「内々定」では雇用契約の成立とは認められないとされており、原則として取消は可能なので、採用時の見極めが難しいときは、慎重を期して、「内々定」にとどめ、さらにその人物の見極めのための方策を練ることも考えられます。
 しかし、会社が、内々定者に対し、ほかの会社の内定や内々定を断らせていたようなときは、内々定の取消にも、慰謝料の支払義務が発生する場合があるので、注意が必要です。


2.3. 採用してしまったら?


2.3.1 試用期間中の解雇

 一般の会社の就業規則では、3か月程度の試用期間があり、その試用期間経過時に、正社員として採用するかどうかが判断されるものとして、就業規則に「試用期間中、社員として不適格と認めたときは解雇する」等の定めがあります。
 このような定めは、内定と同様、労働契約は成立しているものの企業に解約権が留保されたものと解されており、適法です。
 採用決定後の調査の結果や、試用中の勤務成績・態度の不良などにより、採用時には知ることのできなかった事実が分かり、到底、その者を雇用しておくことが適当でないと客観的に判断できるときは、試用期間中に解雇することができます。
 企業としては、この期間において、できるだけ、社員の質・能力を見極め、解雇が必要と判断されるときは、正社員とする前に、適格性が欠けていることの具体的根拠(勤務成績、態度の不良を客観的に証明できるもの)を示して、解雇することになります。
 試用期間中の解雇は、本採用後の解雇に比べると、広い範囲で解雇の自由が認められますから、問題社員の見極めは、できるだけこの期間中に行うべきです。


2.3.2 新人教育・研修の徹底

 多くの企業では、試用期間中の初期(採用後1〜2週間程度)に、新人教育や研修が行われます。
 この新人教育・研修は徹底するべきです。OJT(オン・ザ・ジョブトレーニング)と称して、実際はまともな教育・研修もせず、いきなり仕事をさせることなどは、ミスやトラブルを招く危険があるほか、問題行動を起こす可能性のある社員を予め見極める機会を逸します。
 そして、通常の者が達成できる目標すら達成できないような能力の低い者や、同僚や上司と、社会人として当然な程度のコミュニケーションもとれない者については、試用期間中の解雇に踏み切るため、この教育・研修期間の成績や態度等を客観的資料として収集しておくことが考えられます。
 教育や研修に要するコスト(人員、時間等)も、その後の様々なトラブルの予防ができるならば必要なものと考えるべきでしょう。


2.4. 正社員としてしまったら?


2.4.1 教育・指導

 試用期間が経過し、正社員として採用してしまった後、実はその者が問題行動社員であることが発覚したら、どうしたらよいでしょうか。
 こうなると、いきなり解雇することはできません。
 例えば、一般の会社の就業規則では、「従業員の勤務成績が著しく不良で、向上の見込みがなく、他の職務にも転換できない等、就業に適さないと認められたときには解雇することができる。」などの定めがあるので、使用者が、この定めによって、ローパフォーマーの従業員を解雇したいと考えることがあります。
 しかし、裁判所の考えでは、「解雇は最後の手段」と位置づけられています。
 解雇の事由の軽重にもよりますが、基本的に、解雇は、労働者の生活の基礎を奪うものですから、単に勤務成績が不良であることが認められる(このこと自体も会社が客観的資料をもって証明しなければなりません)としても、会社が教育・指導を尽くし、また、他の部署への配転可能性を具体的に探り、くわえて、懲戒処分に該当するならば、まずは戒告など軽い処分から始めて、更生の機会を与えるなど、他の手段を尽くしてもなお解雇せざるを得ない事情がないと、解雇は無効とされてしまいます(「解雇権濫用の法理」、労働契約法16条)。
 経営者や管理職には、このような者を、採用時や試用期間中に見抜けなかった責任もあるはずであり、問題行動社員を一方的に責めることはできません。
 まずは、会社として、問題行動社員に対する教育・指導を行い、改善させることを行ってください。


2.4.2 戒告等、軽い処分から段階を踏んで懲戒処分

 教育・指導を行ってもなお改善がみられないときは、問題行動社員の行為が、就業規則に定められる懲戒処分の事由(理由)に該当するかどうかを確認してください。
 該当するならば、その行為の軽重にもよりますが、譴責・戒告(始末書を出させて将来を戒める)など、もっとも軽い処分から始めるのが一般的と思われます。
 なお、当然のことですが、就業規則に定められる懲戒処分の事由に該当しない場合には、処分はできません。相談者の中には、いきなり「彼は●●(問題行動をあげて)をしたのだから、懲戒処分を受けるのが当然だ。」とお話される方がいるのですが、その会社の就業規則を確認しても、その行為がどの懲戒事由にあたるのか、明確にいえないことがあります。
 問題行動社員に対する懲戒処分を考えるときは、必ず就業規則を確認してください。


2.4.3 退職勧奨

 譴責・戒告の懲戒処分をしてもなお問題行動が改まらず、減給や、出勤停止など、懲戒処分の段階をあげて処分しても駄目であるというときには、解雇を考えることになります。
 なお、懲戒処分の相当性は、行為の重大性によるものなので、必ずしも軽い処分からひとつずつ段階を踏まないとならないというわけではありません。例えば、女性の胸や腰などを故意に触ったセクハラ行為の場合には、一発で解雇もあり得るでしょう。
 しかし、解雇相当と考える場合でも、裁判所が、一般に、解雇権行使に厳しい判断をとることなどを考慮すれば、問題行動社員に対し、自主的な退職を勧める(退職勧奨)のが良いでしょう。
 但し、退職勧奨も、短期間に何度もしつこく退職を迫るなどすれば、不法行為となって、会社が損害賠償責任等を負うことがありますから、注意してください。


2.4.4 普通解雇・懲戒解雇

 問題行動社員が、退職勧奨にも応じないときには、最後の手段として、解雇に踏み切ることになりますが、懲戒解雇に比べたときには、普通解雇の方が行いやすいでしょう。
 懲戒解雇は、普通解雇よりも大きな不利益を労働者に与えますから、単に普通解雇を正当化するだけでは足りず、「制裁として解雇する」ことを正当化するだけの程度に達していることが必要であるとされているため、会社としては、争われた場合、正当化のための証明を、より強く求められるからです。
 しかし、普通解雇の方式をとれば安易に解雇ができるというわけではありません。解雇の効力を争われた場合、解雇権行使に客観的に合理的な理由があるとされるためには、相当に厳しい立証が求められます。
 経営者や管理職からみれば、「彼は当然解雇されて然るべきだ。」と思えるような者であったとしても、それまでの事情を知らない第三者である裁判官をして、客観的な証拠をもって、納得させることができるかどうかを考えてください。


3. まとめ


 以上、問題行動社員への対応策として、基本的なことがらをご説明しました。
 ご参考になれば幸いです。



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