大震災に起因する人員削減問題について
弁護士 西部 俊宏  


  平成23年3月11日に発生した東日本大震災から5ヶ月が経過しました。震災直後の資源不足等の混乱期を脱して,通常の業務体制・経営状況に戻りつつある場合はよいのですが,中には,震災による直接的・致命的な大打撃はなんとか免れたものの,震災後,需要減少や工場,取引先の被災等で事業の大幅な見直しが必要になったり,震災の影響で徐々に経営が悪化してきたりしたため,やむなく人員削減等の措置も検討せざるを得ない状況に追い込まれてきたという会社も少なくないと思われます。以下,そのような会社を念頭において,人員削減を避けるために具体的にどんな対策が考えられるか,それでも人員削減を行わざるをえない場合にどのような点に注意すべきか,ということをいくつか紹介したいと思います。


1 人員削減を避けるために取りうる対策について


(1) 厳格な時間管理等の経費節減策

  震災後に限らず平常時にも当てはまることですが,残業や休日出勤等については真に必要なもののみを認めることとして,時間外手当や休日手当等の発生を抑えることが重要です。従業員の申告のまま何となく残業等を認めている企業もあると思いますが,そのような企業はこの点を意識するだけでも相当な経費削減になると思います。
  また,人件費に限らず,節電も兼ねた電気代の節約のほか,各種の経費削減努力も可能な限り行えると良いでしょう。
  最終的に人員削減(整理解雇等)について法的な有効性が争われた場合に,このような経費節減努力を尽くしていた事情は,整理解雇の有効性の判断にとっても有利な事情になると思います。


(2) 休業の活用による人件費削減・解雇回避

  労働契約においては,労働者は使用者に労務を提供し,使用者は労働者に賃金を支払う義務を負いますが,会社の休業によりこの労務提供ができないことについて,使用者及び労働者のいずれにも責任(法律用語では「責めに帰すべき事由」といいます)がない場合には,労働者は賃金を受けることができないとされています(ノーワーク・ノーペイの原則)。
  労働基準法においても,使用者の責任による休業による場合には,使用者は労働者に平均賃金の6割以上の手当(休業手当)の支払が義務づけられますが,使用者の責任によらない休業の場合には支払いの義務がありません。
  よって,使用者の責任によらずに休業する場合に該当すれば,賃金,休業手当の負担なしに休業することが可能になりますので,休業による人件費削減,解雇回避効果が期待できることになります(厳密には,民法と労働基準法で使用者の責任の解釈に違いがあるのですが,わかりやすさを重視してここでは特に区別せずに説明します)。
  以下,事業上の施設等に直接的な被害を受けた場合とそうでない場合に分けて説明します。

ア 事業上の施設・設備が直接的な被害を受けて休業する場合

  天災事変等,使用者の責任によるとは言えない不可抗力によって事業上の施設等が直接的な被害を受け,そのため休業を余儀なくされている場合には,就業規則等で別段の定めをしない限り,原則として,その休業分の賃金・休業手当を支払う必要はありません。
  但し,震災から5ヶ月が経過し,現状における休業が震災等不可抗力によるものといえるかどうか,微妙なケースが生じる可能性がありますので,不可抗力による休業か否かの判断は具体的事実に照らして慎重に行う必要があるでしょう。



イ 事業上の施設・設備が直接的な被害を受けていないが事情により休業する場合


  例えば,自社の施設等には被害がないものの,取引先や道路が被害を受け,原材料の仕入等ができなくなってしまった場合などが考えられます。
  この場合,原則として使用者の責任による休業に該当すると解され,就業規則等に特段の定めがない限り,賃金ないし休業手当の支払が必要になると解されます。
  但し,休業について,@その原因が事業の外部により発生した事故であること,A事業主の通常の経営者としての最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故であること,の2つの要件を満たす場合には,例外的に,使用者の責任によらない休業になると解されています。
  前記の例でいえば,被害を受けた取引先への依存の程度,輸送経路の状況,他の代替手段の可能性,災害発生からの期間,使用者としての休業回避のための具体的努力を総合的に勘案して要件を満たすかどうか判断されることになります。




(3)  雇用調整助成金の利用

  雇用調整助成金は,経済上の理由により事業活動の縮小を余儀なくされた事業主が,労働者の雇用を維持するために,休業等を実施し,休業に係る手当等を労働者に支払った場合,それに相当する額の一部を助成する制度です。
  東日本大震災における「経済上の理由」の具体例としては,交通手段の途絶により原材料の入手ができない,損壊した設備等の早期修復が不可能である,計画停電により事業活動が縮小した場合などが考えられます。
  但し,あくまで「経済上の理由」が休業等の原因である場合の制度であるため,震災による事業所の倒壊などが事業活動縮小の直接的な理由である場合には利用できないことに注意が必要です(修理業者の手配や部品の調達が困難なため早期の修復が不可能であり,事業活動が縮小した場合については利用できます)。
  この助成金を受給するには,休業等実施計画届を提出するなど,支給要件を満たす必要があります。


(4) 配転・出向・転籍の活用

  配転とは,従業員の配置の変更であって,職務の内容又は勤務場所が相当長期間にわたって変更されるものをいいます。配置転換や転勤などと呼ばれるものがこれにあたります。
  出向とは,従業員としての地位を残したまま,別の会社においてその労務に従事させることを内容とする人事異動です。
  転籍とは,今勤めている会社との労働契約関係を終了させ,新たに別の会社との間で労働契約関係を成立させる人事異動です。
  転籍の場合は,全く別の会社の従業員に変わるわけですから,従業員の同意を得て行う必要があります。
  これに対し,配転,出向については,当該会社と従業員との間の労働契約において,配転や出向を命じる権限が会社にあれば,原則として配転・出向を命じることができます。但し,会社に命令権限がある場合であっても,業務上の必要性,従業員の職業上・生活上の不利益に配慮した上で行われなければなりません。
  これらの配転・出向・転籍については,その有効性について法的な問題が生じることもありますが,大震災の影響による人員削減を避けるためにやむを得ず行うものであれば,配転・出向命令の有効性がその対象となる従業員からも問題視されずに受け入れられる場合や,転籍についても従業員の同意が得られる場合も多くなると思われますので,人員削減を避けるための措置の一つとして検討する価値はあると思います。


(5) 労働条件変更

  例えば,震災の影響により,従前の人員は維持できないが,賃金を引き下げれば従前の体制を維持できるといった場合が考えられます。
  この点,労働契約,労働協約,就業規則,労使慣行等に基づいて従来支払われていた賃金や手当等を引き下げることは,労働条件の不利益変更に該当します。
  このような賃金引き下げなどの労働条件の不利益変更については,会社の都合で一方的に行うことはできず,労働者と使用者の個別の合意に基づき行うのが原則となります。
  また,就業規則は,労働契約における労働条件の最低基準を定める効果がありますので,労働者との合意だけでは足りず,就業規則の変更等が必要になる場合もあるので注意が必要です。
  なお,例外的に個別の合意がないまま,就業規則の変更だけで労働条件の不利益変更が認められる場合もありますが,その変更が法的に認められるためには,就業規則の変更について,労働者の受ける不利益の程度,変更の必要性,変更後の内容の相当性,労働組合等との交渉の状況等に照らして合理的であること,また,変更後の就業規則を労働者に周知させることが必要になります。
  このような労働条件の不利益変更も,大震災後の経営危機といった非常時における人員削減回避措置として行われる場合には,平常時に比べれば労働者の同意を得られやすいと思われますが,安易な賃金切り下げは重大なトラブルを招くおそれがありますのでご注意下さい。


2 やむを得ず人員削減を行う場合の注意点について


  前記のような諸方策を尽くしてもなお,残念ながら人員削減まで行わざるをえない状況となってしまった場合,大震災を理由とすれば無条件に解雇や雇い止めが認められるものではなく,解雇予告等の一般的な手続要件等の遵守は当然のこととして,以下の点にも十分注意する必要があります。


(1) 法律上の解雇禁止事由を忘れないこと

  震災の影響による解雇を検討する場面であっても,法律で個別に解雇が禁止されている事由に該当する場合は解雇することはできません。
具体的には,
 ・ 業務上の傷病による休業期間及びその後の30日間の解雇
 ・ 産前産後の休業期間及びその後の30日間の解雇
 ・ 国籍・信条・社会的身分による不利益取扱としての解雇
 ・ 不当労働行為としての解雇(組合活動などを理由とする解雇)
 ・ 性別を理由とする解雇
 ・ 育児・介護休業を取得したこと等を理由とする解雇
等が解雇禁止に該当します。


(2) 有期労働契約(期間の定めのある労働契約)の場合

  パートタイム労働者や派遣労働者に多く見られる契約形態ですが,このような期間の定めのある労働契約においては,やむを得ない事由がある場合でなければ,その契約期間が満了するまでの間において,労働者を解雇することができないとされています。
  有期労働契約期間中の解雇は,期間の定めのない労働契約の場合よりも,解雇の有効性は厳しく判断される傾向がありますので注意が必要です。
  また,契約の形式が有期労働契約であっても,期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態に至っている契約である場合や,反復更新の実態,契約締結時の経緯等から雇用継続への合理的期待が認められる場合は,期間の定めのない労働契約における解雇に関する法理の類推適用等がされる場合があります。
  個別の解雇・雇止めの当否については最終的には裁判所における判断となりますが,これらの規定の趣旨や裁判例等に基づき,適切に対応されることが望まれます。


(3) 期間の定めのない労働契約の場合の注意点

  解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合,その権利を濫用したものとして無効となります。
  この合理性や,社会通念上の相当性について,震災の影響により経営が悪化してやむなく解雇する場合は,いわゆる整理解雇(経営上の理由から余剰人員削減のためになされる解雇)に該当しますので,整理解雇の4要件(@人員削減の必要性,A解雇回避努力義務を尽くしたかどうか,B解雇される者の選定基準の合理性,C解雇手続の妥当性)を考慮して判断されることになります。

@ 人員削減の必要性
  倒産必至の状態にあることまでは要求されませんが,大震災の影響により,経費削減努力を尽くしてもなお人員削減が必要であるという状況にあれば認められると解されます。

A 解雇回避努力義務を尽くしたかどうか
  1で説明したような,人員削減に代わる経営改善措置を取ったかどうか,あるいは解雇以外の人員削減を実施するなど,解雇を回避するよう努力を尽くしたかが問題となります。
  解雇以外の人員削減措置としてよく行われるのが希望退職者の募集ですが,希望退職者の募集が必須というわけではありません。

B 解雇される者の選定基準の合理性
  人選の基準(勤務成績,能力・適性,扶養家族の有無など)そのものの合理性のほか,その基準に基づく具体的な選定の合理性(不当な動機や差別的対応がないかどうか等)の双方の合理性が必要となります。

C 解雇手続の妥当性
  整理解雇の必要性と内容を労働者や労働組合に十分に説明し,協議を尽くしたかどうかが問題とされます。

                                                     以上


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