日本における相続について
(その2・遺産分割を中心に)
弁護士 高原 わかな  



前回(その1)は、法定相続を中心に、誰がどのような割合で亡くなった方(被相続人)の財産を相続するのかについて簡単にお話しました。
今回は、「その2 遺産分割を中心に」として、具体的にどんな財産が相続財産となり、それを分割するにはどのような方法があるのかについて、お話したいと思います。


〜 相続の対象となる(ならない)財産、遺産分割の対象となる(ならない)財産 〜


被相続人が相続開始時に有していた財産的権利義務は、被相続人の一身に専属するもの(
※一身専属権)を除いてすべて相続の対象となり、相続の開始により相続人に承継されます。

つまり、被相続人が亡くなったことや、その人がどんな財産を持っていたのかについて、相続人が明確に認識していなくとも、死亡という事実により、権利義務が承継されてしまうので、自分が相続する可能性がある人が亡くなったときは、精神的に辛い状況の中にありながらも、相続財産としてどのようなものがあるのかについて、把握しておく必要があります(特に多額の負債等が予想される場合は、相続放棄との関係で注意が必要です)。

ただ、普段からどんな財産があるかを話題にしていない場合は、被相続人がどんな財産をもっていたのかを調べるのは、実際にはなかなか難しいところもあります。
不動産については、不動産登記簿がありますので、土地・建物の地番や家屋番号等を住居表示地番対照住宅地図等で調べて、管轄法務局から登記情報を取り寄せることで権利関係を調べることができます(登記事務がコンピュータ化された法務局では、その保有する登記情報をインターネットで確認するサービスもあります。財団法人民事法務協会〈http://www1.touki.or.jp/〉)。また、市区町村に対して、名寄帳の交付請求をすることにより、被相続人が所有していた不動産の所在を調べることもできます。
預貯金については、被相続人の口座があった金融機関に対して、相続人として取引履歴の確認等をすることができます。費用等は金融機関によって様々ですが、請求日から10年前まで遡って履歴の開示を受けることができる例が多いようです。
この預貯金の取引履歴や通帳の履歴、また、被相続人宛の郵便物(証券会社等からの取引報告書、固定資産税の通知書、債権者からの請求書等)、不動産登記事項証明書(乙区欄に抵当権等の記載がある)から、被相続人の資産や負債が判明することがありますので、これらの資料を注意深く確認する必要もあります。

ある程度、被相続人の財産としてどのようなものがあるかが把握できた後は、相続人間でその分配方法について話し合う必要がありますが、そもそも相続の対象となる財産かどうかにつき分かりにくいものや、相続財産であっても相続人間の遺産分割協議が必要ないものもあります。そこで、次に一般的な財産について、基本的な考え方を簡単に説明したいと思います(なお、相続税の課税対象となる財産は、課税上の必要性により別の基準で判断されますので、注意が必要です)。

@ 不動産
土地や建物などの不動産は、相続財産となり、遺産分割の対象となります。
なお、所有不動産を他人に賃貸している場合は、賃貸人たる地位も相続によって相続人に承継されます。遺産分割協議により当該賃貸物件の所有権を取得した人が、この賃貸人たる地位も承継するのが一般的です。
A 不動産賃借権
不動産賃借権は、原則として相続財産となり、遺産分割の対象となります。ただし、公営住宅を使用する権利については、相続の対象とならないという判例がありますので、注意が必要です。
なお、相続による賃借人の変更については、賃貸人の承諾は不要ですが、賃貸人には相続があったことが分からないケースも多いので、遺産分割協議等により賃借権を承継する人が決まった段階等で、新しい賃借人を賃貸人に通知する方が望ましいでしょう。
B 預金債権
預金等の金銭債権は、相続開始とともに当然分割され、各相続人に法定相続分に応じて帰属するというのが、判例の考え方です。つまり、遺産分割の手続きは不要であり、遺産分割の対象とはならないということになりますが、相続人間で預金債権を分割対象に含める旨の合意があれば、裁判所の手続き(遺産分割調停、遺産分割審判)においても、遺産分割の対象とすることができます。
なお、以上が判例の考え方ですが、実際には、金融機関の多くが、相続人全員の同意等がないと預金の払い戻しに応じないという取り扱いをとっているため、共同相続人の一人が単独で自身の相続分についてのみ払い戻しをすることは事実上難しいようです(ただし、訴訟によって請求することは可能ですし、個別事情に応じて対応してくれる金融機関もあるようですので、まずは金融機関に相談されるのがよいでしょう)。
一方、共同相続人の一人が、単独で、金融機関に対し、被相続人名義の銀行預金口座の取引経過の開示を求めることについては、それを認める最高裁判所の判断が出て以降、単独での開示請求に応じる取り扱いが多くなっているようです。
C 現金
被相続人が相続開始時に持っていた現金については、相続財産となり、遺産分割の対象となります。つまり、預金等の金銭債権とは異なり、遺産分割前に、相続分相当額の現金を交付するように請求することはできないとするのが、判例の考え方になります。
D 生命保険金
保険金受取人として、「特定の人」や「相続人」と指定してる場合は、指定された人がその固有の権利として保険金請求権を取得するので、相続財産とはならず、遺産分割の対象にもなりません。
一方、保険契約者が被保険者および保険受取人の資格を兼ねる場合における満期保険金請求権については、満期後被相続人が死亡すれば相続財産となり、遺産分割の対象となります。
E 死亡退職金
死亡退職金が相続財産に含まれるか、それとも受給権者固有の権利であるかについては、具体的な事案に応じて個別的に判断すべきと考えられていますので、まずは、退職金支給規定等を確認する必要があります。
F 株式(株主権)
株式は、相続財産となり、遺産分割の対象となります。
G 金銭債務
相続開始前の金銭債務については、相続により当然に各相続人に法定相続分にて承継され、遺産分割の対象とはなりません。
H 葬儀費用、香典
葬儀費用(通夜・告別式、火葬等の過程で要する費用)は、相続開始後に生じた債務であるため、相続財産(相続債務)とはなりません。また、香典は、死者への弔意、遺族の経済的負担軽減などを目的とする葬儀主催者や遺族への贈与と解されますので、相続財産とはなりません。
I 祭祀財産、遺骨
祭祀財産(家系図等の系譜、位牌・仏壇等の祭具、墓石・墓碑等の墳墓)は、祭祀の主宰者に帰属し、相続とは別のルールによって、その承継が決まります。また、遺骨についても、判例上、祭祀主宰者に帰属するとされています。
祭祀主宰者は、被相続人による指定があれば、その指定により決まりますが、それがない場合は慣習により決めることになり、慣習もない場合は、家庭裁判所の審判により決まります。


一身専属権とは?
民法の定めにより一身専属権とされているものには、代理権、使用貸借における借主の地位、雇用契約上の地位、組合員の地位があります。また、扶養請求権、財産分与請求権、生活保護法に基づく保護受給権についても、一身専属権にあたると通常考えられています。


〜 相続するかしないかの選択(承認・放棄) 〜


ところで、借金等のマイナス財産が多くて、相続をしたくない場合等は、相続を拒否することはできるのでしょうか?

日本の民法は、相続するか否かについて相続人に選択の自由を認めているため、
@ 相続財産を負債を含めて全面的に承継するのか(単純承認)、
A 財産の承継をすべて拒否するのか(相続放棄)、
B 相続したプラスの財産の範囲内で債務などの責任を負うのか(限定承認
のいずれかを洗濯することができます。

ただし、相続人が、いつまでもこれらの選択ができるとなると、相続財産の帰属が不確定な状態が続いてしまいますので、この選択は一定の期間内にする必要があります(熟慮期間=自己のために相続の開始があったことを知ったときから3ヶ月)。また、その期間内に選択をしなかったり、相続財産を処分する等の民法で定められた一定の態度をとった場合は、単純承認をしたものとみなされてしまいますので(※法定単純承認)、相続人に相当な負債があることが予想される場合等は、十分注意する必要があります。

※裁判所による手続案内
相続の放棄の申述
  (http://www.courts.go.jp/saiban/syurui/kazi/kazi_06_13.html
相続の限定承認の申述
  (http://www.courts.go.jp/saiban/syurui/kazi/kazi_06_14.html
相続の承認または放棄の期間の伸長
  (.http://www.courts.go.jp/saiban/syurui/kazi/kazi_06_25.html

熟慮期間に関する特例法
先日、東日本大震災で家族を亡くした被災者等を対象に、相続放棄の熟慮期間を2011年11月30日まで一律に伸長する民法の特例法が成立しました。詳しくは、法務省ホームページのQ&Aをご覧ください(http://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00092.html)。

法定単純承認とは?
次のいずれかに該当する場合は、単純承認をしたものとみなされます。
@ 相続人が、相続財産の全部または一部を処分したとき
A 相続人が、熟慮期間内に限定承認も相続抛棄もしなかったとき
B 相続人が、限定承認または相続放棄の意思表示をしたが、その意思表示をした後に相続財産の全部または一部を隠匿したり、ひそかにこれを消費したり、悪意で財産目録に記載しなかったとき


〜 遺産分割の方法 〜


相続人や相続財産が明らかになり、特別受益や寄与分を踏まえて各相続人の具体的な相続分が算定されると、遺産分割の必要な財産について、相続人間でその分割方法を協議することになります。相続人間で協議がまとまらない場合は、家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てることになりますが、調停において合意に達することができない場合は、審判に移行し、裁判所により分割方法が決せられることになります。なお、遺産分割請求権は消滅時効にかからないので、各相続人は、遺産分割の禁止がない限り、いつでも分割を請求することができます。

※裁判所による手続案内
遺産に関する紛争調整調停
  http://www.courts.go.jp/saiban/syurui/kazi/kazi_07_24.html
遺産分割調停
  (http://www.courts.go.jp/saiban/syurui/kazi/kazi_07_12.html
寄与分を定める処分調停
  http://www.courts.go.jp/saiban/syurui/kazi/kazi_07_23.html

在日外国人や在外日本人を被相続人とする遺産分割調停
在日外国人の場合も、在外日本人の場合も、日本に相続財産があれば、原則として日本の家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てることができます。ただし、相続に関するルールについてどこの国の法律によって判断するか、日本の調停・審判の結果が外国にある財産の権利移転に通用するか等について、慎重な配慮が必要となります。

分割の方法としては、次の4種類があります。遺産分割協議や遺産分割調停においては、当事者の合意によりどのような分割方法でもとりうるのですが、遺産分割審判では、相続人間で分割方法に争いがある場合は、次の@からCの順に分割方法を検討することになります。

@現物分割: それぞれの財産を、その形状や性質を変更することなく各人に割り振って各人が取得する方法
A代償分割: 相続人の一部が相続分を超える額の相続財産を取得し、他の相続人に代償金を支払う約束(他の相続人に対する債務)を負担させる方法
この方法による場合は、代償金を負担する相続人に資力があることが要件となり、事情によっては、分割払いを認めたり、期限の猶予を与えることもあります。また、当事者間の協議や調停においては、代償金の支払いに代えて、金銭以外の財産(不動産、株式等)の所有権を移転する方法もとることができます。
B換価分割: 相続財産を売却してその代金を共同相続人に分配する方法
現物分割が難しく、また、代償金が支払えない等、代償分割も難しい場合に、当事者の合意に基づいて任意に行う場合もありますし、審判においてなされることもあります。
C共有分割: 相続財産の一部または全部を具体的相続分によって共有取得させる方法


遺産分割協議等により最終的な相続財産の帰属が決まった後は、それぞれの財産について、名義変更等の手続きを進めることになります。
なお、裁判手続き(調停・審判)によらずに協議が成立した場合は、名義変更等の手続にあたって、遺産分割協議書や各相続人の印鑑証明書、相続人の住民票の写し等が要求されることが多いのですが、日本に住所がない場合等、印鑑証明書や住民票の写しが提出できないケースもあるかと思います。多くの諸外国では、書類の作成名義の真正を担保する方法として、書類を作成する時点で、認証機関(公証人等)が関与しますので、外国や領事館で署名につき認証を得ることで、印鑑証明書の代わりとして通常は対応してもらえます。また、住民票についても、住所等の必要な事項を書いた陳述書を作成し、当該外国の認証機関において認証してもらえば足ります。

次回は、「その3」として、遺言と遺留分について、基本的な考え方を紹介したいと思います。

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