債権の管理・回収について

<その1 債権の管理>
弁護士 舘 彰男  

1. はじめに:事前の信用調査・資産調査と、日頃の債権管理が大切
 
 「取引先に対する債権が焦げ付きました。催促しても支払ってくれません。どうしたらいいでしょう。」
 このような、債権回収に関するご相談は、よくお受けします。
 しかし、よくお聞きすると、
「最初の取引に入るときに、契約書をはじめ、ほとんど書面を残していません。その後担当が代わってしまって経過も分かりません。」とか、
「商品を売ってから2年は経ったのですが、請求書を何度も送っていますから、時効にはかかっていないですよね。」(ご担当は、請求書を送れば時効にかからないと間違った理解をしており、指摘されてびっくりします。・・・この文章を読んでいて、たったいま、「えっ」と思った方もいらっしゃるかもしれません。)
 というお話もあり、あわてて弁護士のところに駆け込んで来られても、回収どころか、債権の存在すら立証できないという事態もあります。
 そこまでひどくはなくても、不払いを起こされた後に、押っ取り刀で、執行可能な財産を求めて、相手の資産調査を開始し、その結果、不動産も担保だらけであることが分かっただけで、めぼしい資産は全くない、ということも多くあります。
 そうなると、まるで、「無から有を生み出せ」と言われているようなもので、弁護士も手のつけようがありません。
 裁判で勝ったとしても、執行可能な財産がなければ回収はできません。
 まずご理解していただきたいのは、「債権回収に、無から有を生み出す魔法のようなやり方はない。事前の信用調査・資産調査、取引開始時の債権保全措置、日頃の債権管理が大切である。」ということです。


2. 取引を開始するときの注意

 2.1. 信用調査
 
 取引を開始するときには、まず、その相手とそもそも取引に入っていいかどうかの判断が必要です。
 経営者のタイプとして、「プラスを生む」ことにはよく考えが及ぶのですが、「マイナスを生まない」ことには判断が甘くなり、後日、大きな損失を招いてしまう方もいます。
 バブル時代や、高度経済成長時代には、少々損失が出てもこのような経営スタイルが通用したのでしょうが、現在のように収益があがらない時代では、経営責任のことも視野に入れ、「取引をしないという決断」もときには必要でしょう。
 取引に入るか否かの判断のときには、嗅覚を働かせ、リスクをかぎ分けて下さい。
 相手の信用調査を行うときによく使われる資料には以下のようなものがあります。

@商業登記簿謄本(履歴事項全部証明書)
 会社の概要が分かります。法務局で取得できます。オンライン化されていればインターネットでも閲覧できます。

A本店・営業所所在地の不動産登記簿謄本(共同担保目録付きのもの)
 資産・負債調査です。共同担保目録付きで取得すると、一緒に担保に入れられている不動産が芋づる式に判明します。法務局で取得できます。オンライン化されていれば、インターネットでも閲覧できることは商業登記簿謄本と同じです。

B債権譲渡登記
 Aと同じく資産・負債調査です。債務者が第三者に対して有している債権について質権設定をしていたり、債務者が譲渡人となって売掛先に対する債権をまとめて債権譲渡していることが判明した場合は要注意です。法務局で取得できます。オンライン申請も可能です。
 債権譲渡登記の登記事項概要証明書のうち,特定の者を譲渡人又は質権設定者とする債権譲渡登記ファイルの記録がない旨の証明書(いわゆる「ないこと証明」)を取得すれば、その者にこのような事項がないという一応の確認ができます。

C3期分くらいの決算書(税務申告書添付のもの)
 相手から直接取得します。決算書からは、資産・負債の状況や相手の取引先も分かり、具体的な執行対象財産のめぼしもつくので、是非取りたい資料です。但し、相手に法的に開示請求できるものではないので、機会を見つけて上手に取得します。
 一方で、粉飾可能性もあります。倒産する企業は、ほぼ100%粉飾していると言われます。

D信用調査機関からのデータ
 有料のものがほとんどです。内容には善し悪しがあります。

E同業他社等の評判
 意外に重要です。商業登記簿謄本・不動産登記簿謄本は得られる情報が限定されますし、決算書は入手困難であったり、粉飾可能性があります。同業他社又は相手を良く知る第三者の率直な話は、参考になります。

F相手との直接面談
 経営者等と直接面談し、情報を得ることはもっとも重要です。納得がいくまで聞き、必要があるならば資料を要求することをお勧めします。相手が本当に貴社と取引を望んでいて、かつ、実際に支払の裏付けがあるならば、きちんとした説明や資料の提示ができるはずです。

 2.2. 契約書作成:できれば弁護士に事前にご相談を
 
 これらの事前の信用調査を踏まえ、その後取引に入ります。
 その際には、しっかりした契約書を作成・締結することが重要です。
 「しっかりした契約書」とは何かというと、「後日、債権の存在と行使について、相手から否定されたり、反論されたりしたときに、裁判所に対して立証ができる内容の契約書」ということです。
 わざわざ契約書など作らずに、請求書と納品書だけで取引をするという企業もよくあるのですが、相手から否定や反論されたとき、裁判所を納得させるだけの材料がないと、請求できるはずのものもできません。
 「あの会社は大丈夫だから契約書などいらない」ということもあるでしょうが、本来、契約書は、トラブルがあったときに役立つものであり、「今は大丈夫であっても将来そうではないかもしれない」という判断が大事です。
 簡単な取引であれば、市販の契約書ひな形を使うことでも足りますが、実際は、取引は個別のケースで異なり、法的なポイントはいろいろあります。そのため、できれば、弁護士に事前にご相談いただくことをお勧めします。
 「予防法務」という言葉があります。後日紛争になってから法律的な対処をするのではなく、最初に少しコスト(弁護士費用)がかかっても、紛争防止のために法的な予防措置をとっておくという考え方です。少々の費用がかかっても、予防接種を受けておけば、その後病気にかからなかったり、かかっても症状が軽くてすむのと同じです。

 どのような契約書がよいのかは個々の取引によるので一概に言えず、スペースの関係上詳細はご説明できませんが、基本的なことでありながら、一般の方が、弁護士の関与なしに締結した契約書にときどき見られるもので、後日の立証上、問題を生むと思われるものに、例えば、以下のようなものがあります。

・当事者名が違う
 契約したのは法人のはずなのに、代表者個人名で契約書が作られていたり、その逆もあります。また、何枚も契約書や覚書があるのですが、それぞれ全て当事者名が違う、ということもあります(正確な商号ではなく通称で記載しているなど)。
 法的な面に暗いと、法人と個人の区別を厳密に行わないというきらいがありますが、当事者名が違う契約書について、裁判所に理解してもらうのは一苦労であり、場合によっては敗訴したりします。

・実際の取引に合致していない
 契約書の内容と、ご相談者の話す取引の実態が合致しないときがあります。「なぜこのような契約書になっているのですか。」とお聞きすると、「相手方が持参した契約書にそのまま署名押印した。」「以前、別な取引先と締結していた契約書をそのまま使った。」等のご回答をいただきます。これも実際に紛争になったときに往生します。

・期限の利益喪失条項がない
 上記2つの例は極端なものですが、「期限の利益の喪失条項がない」という契約書もあります。
 期限の利益の喪失条項とは、不払いその他一定の事実(例えば、不払いの金額が分割払い2回分に達したときとか、債務者が倒産状態になったときなど)が認められたら、支払の期限の猶予が失われて、残金を一度に全部支払うという約定のことです。
 この条項があることによって、債務者は、不払いなどを起こした場合、残額を一度に支払うことになりますから、分割払いを怠らないよう、気をつけて弁済しますし、債務者が倒産状態になったときには、債権者は、残債権全額を一度に行使して回収を図ることができるわけです。
 しかし、この条項がないと、債権者は、まだ期限が来ていない分割払いの部分などについて、弁済を迫ることができません。そうすると、訴訟を起こしても、期限が既に来ている部分しか「直ちに支払え」と請求できないことになってしまい、困ったことになります。

 2.3. 各種担保の取得
 そして、契約書の作成・締結にあたり、可能ならば是非行って頂きたいのが各種担保の取得です。担保を取得するのは、回収不能を防止するのにもっとも有効な手段のひとつです。
 担保の種類は多数あり、担保にとることができるものは何があるかによって、設定する担保を考えることになります。
 個別の説明は省略しますが、主な担保権の種類(名称)をあげると以下のとおりです。

【各種担保権(又は事実上担保の機能を持つもの)】
@人的担保(債務者以外の人を担保にとるもの)
 連帯保証
A物的担保(物を担保にとるもの)
 根抵当権、質権、留置権、先取特権、譲渡担保、所有権留保、仮登記担保
B事実上担保の機能を持つもの
 連帯債務、代理受領、振込指定、相殺の予約

 2.4. 与信枠の設定と管理
 また、事前に調査した信用状況に基づき、与信枠を設定し、その範囲内での取引を心がけることが重要です。
 特に、ある程度長期にわたる継続的取引がなされる場合には、一定時期ごとに取引先の与信調査をやり直し、常にその時点での信用状況を把握することが必要です。


3. 日頃の債権管理に関する注意

 取引に入った後は、日頃の債権管理が重要になります。
 債権管理の目的は、以下の@ABです。

@不払いまたはその兆候がないかどうかの確認・与信状況の把握
 取引先(債務者)ごとに債権を整理し、どの債権がどの債務者に対して存在するのか、常に把握しておきます。また、担保設定状況、当該債務者の資産状況等を整理しておき、回収が必要となったときにどのような手段がとれるのか、その債権ごとに予め把握しておきます。
 そして、入金状況をチェックし、不払いが起きそうな要注意債権などを意識して、いざというときに備えます。
 また、一定時期ごとに取引先の与信調査をやり直すことも必要です。

A実際に不払いが起きた場合に直ちに対処(回収)できるようにする
 契約書、請求書、領収書、納品書その他、債権の存在を証する証拠類は、必ずそろえて直ちに出せるように整理しておきます。
 債権回収が必要となったとき、仮差押え(裁判を起こす前に、担保金を積んで、債務者の財産を仮に差し押さえる手続き)などの法的手続きに直ちに踏み切らないといけないときがあります。
 私たち弁護士が債権回収にあたって仮差押えをするときは、「ご相談があった日の翌朝までには申し立てる」のが基本です。すぐに行わないと、あっという間に債務者の資産はなくなってしまうからです。
 このようなときに、ご担当の方が「契約書が見つかりません」「領収証がどこかにいってしまいました」などということでは、申立のための疎明資料がそろわず、探している間に債務者が資産を処分し、仮差押えが空振りになってしまうことになりかねません。

B消滅時効にかけないようにする:最低限の要求
 債権を消滅時効にかけないことは最低限の要求です。
 いくら契約書などの証拠があって、債権が存在することを立証できても、それが消滅時効にかかっていたら、相手から時効を援用されておしまいです。
 時効中断をする方法は、「請求」「差押・仮差押・仮処分」「承認」の3つがあります。
 冒頭記載の例のように、「請求書を送り続けていれば時効にはかからない。」という誤解をされている方がいます。時効を中断させる「請求」は、訴訟や支払督促申立などの法的手続による請求のことであり、請求書を送付しても6ヶ月以内に法的手続をとらないと時効は中断しません。
 「承認」は比較的簡便な中断方法です。債務者から「貴社に対する債務として●●円があることを確認します。」と一筆書いてもらって中断させることができますし、一部入金でも「承認」になります。時効にかかりそうな債権があるときには、少額でも良いので入金してもらうという方法が手っ取り早いと思われます。
 うっかりして時効にかけてしまった場合には、時効期間到来後でも、債務者から一部入金などを受ければ、「時効の援用権の喪失」になりますが、入金を受けられるとは限りませんので、やはり、時効にかけないことが大切です。
 消滅時効の期間は、債権の種類によって異なります。特に、短期消滅時効に注意してください。商品などの売掛債権は2年で消滅時効にかかります。なお、判決を取得して確定すれば、10年より短い時効期間のものについても時効は10年となります。

 【消滅時効の期間】

 ・ 商品などの売掛債権 2年
 ・ 工事の設計・施工・監理の請負代金債権 3年
 ・ 運送料の債権    1年
 ・ 一般商事債権    5年
 ・ 一般民事債権   10年
 ・ 手形債権
     振出人に対する請求権 3年、裏書人に対する請求権 1年
 ・ 小切手債権   6ヶ月


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