時間外労働の割増賃金率の引き上げなど
改正労基法トピック
弁護士 向 美奈子   



 平成20年12月5日、労働基準法の一部改正法が成立し、同月12日、公布されました(以下「改正法」といいます。)。改正法は、平成22年4月1日から施行されます。


 今回の改正の提案理由は、「長時間にわたり労働する労働者の割合が高い水準で推移していること等に対応し、労働以外の生活のための時間を確保しながら働くことができるようにするため、一定の時間を超える時間外労働について割増賃金の率を引き上げるとともに、年次有給休暇について、一定の範囲で時間を単位として取得できることとする等の必要がある。」とされています。つまり、今回の改正は、仕事と生活の調和のとれた社会の実現を目的としているのです。 
 この改正法に関連して以下のような省令、通達なども平成21年5月29日に出され、改正法の適用にあたっての具体的内容がより明確になってきました。



「労働基準法施行規則等の一部を改正する省令」(以下「省令」といいます。)
「労働基準法第36条第1項の協定で定める労働時間の延長の限度等に関する基準の一部を改正する告示」
関係通達「労働基準法の一部を改正する法律の施行について」(以下「通達」といいます。)

 そこで、今回は、改正事項のうち、1ヶ月60時間を超えた時間外労働に対しての割増賃金率の引き上げと時間単位年休の点にスポットをあててご紹介していきたいと思います。



Point 1
1ヶ月60時間を超えた時間外労働に対しては、割増賃金率を50%以上とすることが、法律で定


《60時間超 割増賃金率50%以上》


 これまでは、時間外労働に対する法定の割増賃金率は時間数を問わずに25%以上となっていました。しかし、改正法が施行されると、1ヶ月の時間外労働時間が60時間を超えた場合、その超えた時間に対しての法定割増賃金率は、50%以上となります。

 1ヶ月45時間までの時間外労働   25%以上
 1ヶ月45時間を超えて
 60時間までの時間外労働
  25%+
  労使協定で定める率
 1ヶ月60時間を超える時間外労働   50%以上


 なお、「一週15時間」「一月45時間」といった「時間外労働の限度基準」で定める延長時間の範囲内で36協定を締結しているだけでは、「60時間超え時間外労働」を行わせることはできませんので、それが可能な「特別条項付36協定」を締結しておかなければなりません。



《休日労働との関係》


 労働基準法によって毎週少なくとも1回与えることが義務づけられた法定休日に労働した場合には、その労働時間は「時間外労働」ではなく、休日労働として、35%以上の割増賃金が支払われます。
 一方、各企業が与えている法定外の休日(所定休日)における労働は、時間外労働として月60時間を超えるかどうかについて、カウントされる対象となります(通達第2の1の(3))。



《深夜労働との関係》


 また、時間外労働が1ヶ月60時間を超えた時点以降に深夜労働をすると、割増賃金率が75%以上となります(省令20条1項)



《代替休暇制度》


 また、労使協定を締結することにより、1ヶ月60時間を超えた時間外労働に対して、今回の改正で従来の25%の割増賃金に上乗せされた割増賃金(25%)の支払いに代えて、有給の休暇を付与する制度を導入することができるようになりました(改正法37条3項)。これを代替休暇制度と呼んでいます。
 代替休暇をとるかどうかは、従業員の判断によるものと解釈されていますので、従業員が代替休暇を取得することを望まなければ、50%の割増賃金を支払わなければならないことになります。また、代替休暇に振りかえることができるのは、従来の割増賃金率25%からの上乗せ分の25%に該当する部分ですから、代替休暇を取得することを従業員が希望したとしても、25%分相当の割増賃金は支払わなければなりません。

労使協定で締結すべき事項は以下の@〜Bの通りです(省令19条の2第1項)。

@  代替休暇について与えることができる時間数の算定方法
 代替休暇として与えることができる時間の算定方法を算式で表すと以下のようになります(通達第3の3)。

代替休暇として与えることのできる時間の時間数
  
=( 
1ヶ月の時間外労働時間数−60 )× 換算率 

換算率 =
代替休暇を取得しなかった場合に
支払う割増賃金率(通常は50%)
代替休暇を取得した場合の
代替休暇取得分の割増賃金率
  (通常は25%)
A  代替休暇の単位
 代替休暇は、1日または半日のいずれかの単位で与えることとされていますので、労使協定でこのいずれにするかを協定しなければなりません。
B  代替休暇を与えることができる期間
 代替休暇は、時間外労働が60時間を超えた月の末日から2ヶ月以内の期間で与えることとされていますので、その期間内で、代替休暇を与えることができる期間を協定することが必要です。
 また、労働者が代替休暇を取得するかどうかの確認は、月60時間を超えて時間外労働をさせた月の末日からできるだけ短い期間内に行うことを求められています。
 そして、トラブルを防止する観点からは、代替休暇に関する協定では、C代替休暇の取得日の決定方法、割増賃金の支払日も定めておくべきとされています(厚生労働省のホームページ参照)。
 なお、代替休暇も「休暇」の一種類ですから、労使協定締結後、就業規則の条項として規定する必要があります。



《中小企業に対する適用の猶予》


 ただし、この割増賃金率の引き上げの適用は、当面の間、中小企業に対する適用が猶予されることとされています(改正法附則138条)。中小企業に該当するかどうかについては、「資本金の額または出資の総額」と「常時使用する労働者の数」によって基準が定められており、各企業単位(注:事業所単位ではありません。)でこの基準にあてはまるかどうか検討することになります(下記表参照)。なお、改正法施行後3年経過後に中小企業に対する適用猶予に関する見直しを行うべきかどうか、改めて検討されることになっています(改正法附則3条1項)。


    資本金の額
または
出資の総額
      常時使用する
労働者数
小売業 5000万円以下 または 50人以下
サービス業 5000万円以下 または 100人以下
卸売業 1億円以下 または 100人以下
上記以外 3億円以下 または 300人以下



Point 2  1時間単位での年次有給休暇(時間単位年休)
労使協定を締結することにより、年に5日を限度として、時間単位で年次有給休暇を与えることができます(改正法39条4項)。



 これまでは、年次有給休暇の最低単位は、原則として1日単位であり、労働者からの請求に応じて半日単位の年休を付与することは認められていました。これからは、使用者の側で時間単位年休制度を導入することを希望する場合には、労使協定を締結すれば、年に5日を限度として時間単位の年休制度を設けることができます。



〈労使協定で定める事項〉


 労使協定で定める事項は、以下の@〜Cです。



@  時間単位年休の対象労働者の範囲
 まず、一部の労働者を対象外とする場合は、対象となる労働者の範囲を定めますが、取得の目的(使用目的)で労働者の範囲を定めるのではなく、時間単位年休の取得によって事業の正常な運営が妨げられる労働者かどうか、という観点から範囲を定めなければなりません。

A  時間単位年休の日数
  改正法によって、年に5日が上限とされていますので、その限度内で日数を定めます。

B  時間単位年休1日の時間数
 一日の所定労働時間数を下回らない時間数を時間単位年休1日の時間数としなければなりません。「時間」が単位ですので、例えば、1日の所定労働時間が7時間30分の企業においては、時間単位に切り上げ、8時間として定めなければなりませんので、注意が必要です。

C  1時間以外の時間を単位として時間単位年休を与えることとする場合には、その時間数
 1時間以外の単位を単位として、時間単位年休を与えることとする場合には、その時間数も協定で定めます。この場合、1時間を超え、1日の所定労働時間に満たない時間単位(例えば、「2時間単位」、「4時間単位」といった単位)で定めることになります。


なお、労使協定で以下のような点を定めることは認められていません。

時間単位年休を取得できない時間帯を定めること
所定労働時間の中途での時間単位年休の取得を制限することを定めること
一日の取得時間数の制限を定めること

〈時間単位年休と時季変更権〉

 時間単位年休に対しても、通常の年次有給休暇と同様に時季変更権の行使は可能です。
 ただし、通達では、以下のような時季変更権の行使は認められないとされています。

時間単位の請求に対して、日単位での取得へ変更するよう時季変更権を行使
日単位の請求に対して、時間単位での取得へ変更するよう時季変更権を行使

 最後に、時間単位年休も年次有給休暇の一類型ですので、この制度を実施する場合には、就業規則にその旨規定する必要があります。


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