判員に選ばれたら?
弁護士 西部 俊宏   


 はじめに 

 皆様すでにご存じのとおり、平成21年5月21日より裁判員制度が始まりました。平成21年8月上旬には初めての裁判員裁判が開かれる予定です。
 しかし、新聞やテレビの報道等によりこの制度が始まることは知っていても、具体的にどのような制度であるか、自分が選ばれたらどうすればいいのかといった点について疑問や不安をお持ちの方も多いのではないかと思います。
 そこで、制度の内容や、裁判員に選ばれた場合の対応等について、基本的な事項につきなるべく簡潔に説明してみたいと思います。
 なお、この制度が生まれるに至った社会的背景とその意義については、当事務所HP「Information」の「2005年8月」に掲載された「裁判員制度について調べました」をご覧になってください。


 裁判員制度の概要 

 (1)  裁判員制度とは

 裁判員制度とは、国民の中から選任された裁判員が、裁判官とともに、例えば殺人等の刑事事件について、審理及び裁判、すなわち、事件の事実関係がどのようなものであったか、被告人が有罪であるか、無罪であるか、有罪であるとして、どのような罪になるか、どのような刑を科すべきか(例えば、死刑にすべきか、懲役にすべきか、懲役にするとして何年がよいか)について、議論して(評議)、決定する(評決)制度です。
 原則として、裁判官3名、裁判員6名の合計9名にて裁判員裁判が行われます。


(2)  どんな刑事事件が裁判員裁判の対象になるのか

 裁判員裁判の対象となる刑事事件は、一定の重大犯罪に限定されています。すなわち、死刑または無期の懲役もしくは禁固にあたる罪に係わる事件や短期1年以上の刑が定められた故意の犯罪行為により被害者を死亡させた事件であり、例えば、人を殺した事件(殺人)、強盗をして人を死なせたり怪我をさせた事件(強盗致死傷)、人に怪我をさせて死亡させた事件(傷害致死)、強姦をして人に怪我をさせたり死なせたりした事件(強姦致死傷)、人が住む建物に放火した事件(現住建造物等放火)、泥酔した状態で車を運転し人をひき殺してしまった事件(危険運転致死)などが裁判員裁判対象事件になります。

(3)  裁判員はどうやって選任されるのか

      くじによる裁判員候補者名簿への記載

 まず、選挙人名簿(選挙権を持つ人の名簿)の中からくじで「裁判員候補者」が選ばれ、「裁判員候補者名簿」が作成されます。この名簿に記載されたことは、毎年11月ころに本人に通知されます。
 裁判員候補者名簿の有効期間は、名簿記載通知が届いた翌年の1月1日から12月31日までです。よって、裁判員候補者名簿に記載されましたという通知が届いたら、翌1年間につき、裁判員候補者として裁判所から呼びだされる可能性があるということになります(年末近くに呼びだされた場合など、実際に裁判所に行くのはその翌年になる場合もあります)。
 名簿記載通知が送られてくる際には、一緒に調査票が送付されます。これは、法律上裁判員になることができない事情や、裁判の日程に関わりのない辞退事由など(就職禁止事由の有無や、1年を通じての辞退希望の有無・理由など)を調査するためのものです。もし何か該当事由があり、明らかに裁判員になることができない人や、1年を通じて辞退事由が認められる人は、調査票にその旨を記載して裁判所に送付しておけば、裁判所から裁判員候補者として呼びだされることはありません。
 

 裁判員候補者名簿の中からくじにより呼出される候補者が選ばれる

 次に、具体的な裁判員裁判対象事件が発生したときに、裁判期日の6週間前までに、裁判員候補者名簿の中から、くじによって裁判所に呼び出される裁判員候補者が選ばれます。事件の内容にもよりますが、1事件あたり50人〜100人程度の裁判員候補者が選ばれるようです。なお、平成21年8月上旬に予定されている裁判員裁判第1号事件では、100人の候補者が選ばれたそうです。
 くじで選ばれて裁判所に呼びだされることになった裁判員候補者には、裁判所から質問票を同封した選任手続期日のお知らせ(呼出状)が送付されます。
 呼出状の送付を受けたら、質問票に必要事項を記入して裁判所に返送します。質問票には、その時点では裁判の日程が決まっていますので、その日程を前提とした辞退事由など(事業上の重要な用務で、自分で処理しないと業務に著しい損害が生じるおそれがある事情の有無や、重い疾病や傷害により裁判所に行くことが困難な事情の有無など)があればそれを記載して返送します。返送された質問票の記載により、辞退が認められる場合には、期日への呼出しが取り消されますので、裁判所へ行く必要はありません。


 裁判員等の選任手続期日における選任

 呼出状が発送された裁判員候補者のうち、辞退を希望しなかったり、質問票の記載のみからでは辞退が認められなかった人は、呼出を受けた選任手続の当日、裁判所へ行くことになります。
 裁判所では、裁判長から候補者に対し、不公平な裁判をするおそれの有無、辞退希望の有無・理由などについて質問がされます。なお、候補者のプライバシー保護のため、この手続は非公開で行われます。そして、最終的に事件ごとに裁判員6人が選ばれます(必要な場合は補充裁判員も選任されます)。
 通常は、午前中にこの選任手続を終了し、午後から審理を始めることになるようです。


 裁判員をやりたくない場合には辞退できるのか

 (ア)  欠格事由等がない限り選任される可能性はある

 一般の方々の中には、裁判員をやりたくない、仕事が忙しいので裁判員をやる余裕がない、介護や養育が必要な家族がいるといった理由で、裁判員を辞退したいと考える人も少なからず存在すると思われます。
 しかし、裁判員制度は、特定の職業や立場の人に偏らず、広く一般国民の方々に刑事裁判に参加してもらうことを目指して創設された制度です。
 よって、法律によって定められた裁判員になることができない場合に該当しない限り、裁判員として選任される可能性があります。
 法律により裁判員になれないとされるのは次の場合です。

  欠格事由がある場合
  一般的に裁判員になることができない人。例えば、禁固以上の刑に処せられた人、心身の故障により職務遂行に著しく支障がある人など。
  就職禁止事由に該当する場合
  その職務や立場上裁判員になることが適当ではないとされる人。例えば、国会議員、裁判官、検察官、弁護士、法律学の教授、自衛官、禁固以上の刑にあたる罪で起訴され裁判中の人、逮捕されている人など。
  事件に関連する不適格事由
  事件との関係で裁判員になるのが不適当な場合。例えば、被告人や被害者の家族など、不公平な裁判をするおそれがある場合。
  これらに該当しない場合には、裁判員として選ばれる可能性があります。

 (イ)  一定の事由に該当しない限り原則として裁判員を辞退できない

 そして、欠格事由等がない場合には、原則として裁判員の辞退は認められません。ただし、法律や政令で定められた辞退事由に該当する場合には、辞退することができます。
この辞退事由としては、


  70歳以上であること
地方公共団体の議会の議員で会期中であること
学生・生徒であること
5年以内に裁判員や検察審査員などの職務に従事したこと
1年以内に裁判員候補者として裁判員選任手続の期日に出頭したこと
一定のやむを得ない理由があって裁判員の職務を行うことや裁判所に行くことが困難な場合
などがあります。
ここにいう「やむを得ない理由」としては
  重い病気又はケガがあること
親族・同居人の介護・養育が必要であること
事業上の重要な用務を自分で処理しないと著しい損害が生じるおそれがあること
父母の葬式への出席など社会生活上の重要な用務があること
妊娠中又は出産の日から8週間を経過していないこと
重い病気又はケガの治療を受ける親族・同居人の通院・入退院に付き添う必要があること
妻・娘の出産に立ち会い、又はこれに伴う入退院に付き添う必要があること
住所等が裁判所の管轄区域外の遠隔地にあり、裁判所に行くことが困難であること
  などが考えられます。
 よって、ここに挙げたような事由に該当すると考えられる場合や、それ以外でも裁判員になるのが困難な事情がある場合には、その旨を調査票や質問票に記載したり、選任手続期日において裁判所に事情を説明したりして、裁判所に辞退を認めて貰う努力をする必要があります。その際には、裁判員になることが困難な事情が存在することを証明するための根拠資料も準備して写しを質問票等の返送時に同封したり、裁判官に示したりできるとよいでしょう。

 (ウ)  罰則に注意

 裁判員をやりたくないからといって、質問票に虚偽の事実を記載をして裁判所に提出したり、選任期日への呼出に応じなかったり、選任手続きにおいて虚偽の説明をしたりすると、罰則に処せられる場合がありますので注意が必要です。

 裁判員に選ばれたら何をするのか  

 (1)  事前の研修や勉強が必要か

 法律や刑事裁判に関する知識や経験が全くないのにもかかわらず、裁判員として裁判をしてよいのだろうかと心配に思われている方もいらっしゃるかもしれません。
 しかし、裁判員制度は、これまで裁判官、検察官、弁護士の司法関係者で行ってきた刑事裁判について、広く一般国民に参加してもらうことを目的とする制度であり、司法関係者や法律学の教授等は裁判員にはなれないとされています。つまり、裁判員は、もともと法律や刑事手続についての知識や経験がないことを当然の前提とした制度であるということです。
 よって、法律や刑事手続きの知識や経験がないからといって、事前に研修を受けたり、自主的な勉強をしたりして法律知識を身につけなければならないというわけではありません(もちろん、時間に余裕があれば自主的に勉強をすることは有益と思われます)。
 裁判員として職務を行うために必要最低限の知識については、実際の審理に先立って、裁判手続、裁判員の権限や義務等について、裁判官から説明があります。また、審理中にも、必要に応じて裁判官からの説明があるはずですし、疑問点があれば裁判員から裁判官に質問をすることもできます。


(2)  何日くらい裁判所に行く必要があるのか

 約7割の事件が3日以内で終わると見込まれています。ただし、事件の内容によっては、もう少し時間のかかるものもあります(約2割の事件が5日以内、約1割の事件が5日超と予想されています)。
 裁判員は、その日の公判が終われば帰宅することができます。裁判の全日程が終わるまで裁判所の外に出られないというようなことはありません。

(3)  裁判ではどんなことをするのか

   刑事裁判の公判に立ち会う

 裁判員に選ばれたら、裁判官、他の裁判員と一緒に、刑事事件の法廷(公判)に立ち会い、判決まで関与することになります。
 公判は、連続して開かれ、証拠書類を取り調べるほか、証人や被告人に対する質問が行われます。裁判官、検察官、弁護士だけではなく、裁判員から、証人等に質問することもできます。
 また、検察官、弁護人が、それぞれの立場から事件に対する意見の陳述なども行います。事件によっては被害者やその遺族等が被告人に対する質問をしたり、意見陳述を行う場合もあります。

 評議・評決に参加

 
証拠調べが終わったら、この事件の事実がどのようなものであったかを認定し、認定した事実を前提として、被告人が有罪か無罪か、どんな罪に該当するのか、有罪だとしたらどんな刑にするべきかを、裁判官や他の裁判員と一緒に議論し(評議)、決定する(評決)ことになります。
 この手続きは非公開で行われることになります。
 評議を尽くしても、意見の全員一致が得られなかったとき、評決は、裁判官と裁判員の多数決により行われます。
 有罪か無罪か、有罪の場合の刑に関する裁判員の意見は、裁判官と同じ重み(同じ1票)を持ちます。ただし、裁判員だけによる意見では、被告人に不利な判断(被告人が有罪か無罪かの評決の場面では、有罪の判断)をすることはできず、裁判官1人以上が多数意見に賛成していることが必要です。例えば、裁判員6名が有罪だと考えても、裁判官3名が無罪だと考えた場合は、有罪にすることができないということになります。


 判決の宣告により裁判員の任務終了
 

 評決内容が決まると、裁判長が公開法廷で判決を宣告します。裁判員も判決の宣告に立ち会うことになります。
 裁判員としての役割は、判決の宣告によって終了することになります。
 なお、裁判員の氏名は公表されませんので、判決書にも裁判員の氏名は記載されないことになります。

 (4)  裁判員の旅費・日当は

 裁判員や裁判員候補者等になって裁判所に出かけた場合には、旅費(交通費)と日当が支払われます。また、裁判所が自宅から遠いなどの理由で宿泊が必要になる場合には宿泊料も支払われます。
 ただし、これら旅費、日当、宿泊料の額は、最高裁判所規則で定められた方法で計算されますので、実際にかかった交通費、宿泊費と一致しないこともあります。
 日当の具体的な額は、選任手続や審理・評議などの時間に応じて、裁判員候補者・選任予定裁判員については1日当たり8000円以内、裁判員・補充裁判員については1日当たり1万円以内で決められます。
 なお、裁判員候補者の方については、選任手続が午前中だけで終わり、裁判員に選任されなかった場合は、最高額の半額程度が支払われるものと予想されています。



 (5)  裁判員として裁判に参加する際に特に注意すべきこと

   秘密の保持に注意

 (ア)  評議の秘密等

 公開法廷で行われた公判において裁判員として見聞きしたことについては、当初から公開され、傍聴人も見聞きしている内容ですので、その内容については基本的に話しても大丈夫だと考えられます。
 しかし、公開法廷で行われるわけではない「評議の秘密」と、「評議以外の裁判員としての職務を行うに際して知った秘密」については、裁判員は秘密を守る義務があります。
 「評議の秘密」には、例えば、どのような過程を経て結論に達したのかということ(評議の経過)、各裁判員や各裁判官がどのような意見を述べたかということ、その意見を支持した意見の数や反対した意見の数、評決の際の多数決の人数が含まれていると考えられています。
 「評議以外の職務上知った秘密」には、例えば、事件記録から知った被害者の氏名、住所など、事件関係者のプライバシーに関する事項、裁判員の名前などが該当します。


(イ)  秘密を守らなかったらどうなる?

 評議で述べた意見や経過が明らかにされると、後で批判されることを恐れて率直な意見を述べることができなくなってしまうおそれがあります。
 さらに、評議の秘密を守ることは、裁判員のプライバシーの保護、お礼参り等報復行為の防止にもつながると考えられます。
 例えば、暴力団が関係する事件で、「裁判員の誰それが被告人に不利な意見を述べた」ということが外部に漏れて報道されてしまうとしたら、裁判員は被告人や、被告人の関係者からの報復を恐れて、被告人に不利な意見を述べることを躊躇してしまうのではないでしょうか。そのような事態になれば、裁判が適正に行われなくなってしまう恐れがあります。このように守秘義務は裁判員制度を円滑に運用する上で極めて重要なものです。
 そのため、守秘義務違反には6ヶ月以下の懲役又は50万円以下の罰金という厳しい刑罰が定められています。

(ウ)  裁判員等に選ばれた事実の公表に注意

 「秘密」とは少し違うのですが、裁判員等でいる間は、裁判員等に選ばれたこと自体を「公にしてはいけない」とされていることにも注意が必要です。
 たとえば、裁判員候補者名簿に登録されたことや、さらにくじで選ばれて裁判員候補者として裁判所に呼ばれたこと、最終的に裁判員に選ばれたことについて、出版、放送といった手段による場合やインターネット上のホームページ等に掲載するような場合など、裁判員等に選ばれたことを不特定多数の人が知ることができるような状態にしてはいけないということです。
 世間の注目を集めている重大事件に裁判員として関与することになった場合など、ついついブログ等に書いてしまいたくなるかもしれませんが、そのような行為は禁止されていますので注意しましょう。
 公にしなければ、日常生活の中で、裁判員等に選ばれたことを家族や親しい人に話すことは禁止されていませんし、上司に裁判員等になったことを話して、休暇を申請したり、会社や同僚の理解を求めることは問題ありません。その際に、裁判所からの選任手続期日のお知らせ(呼出状)を上司や同僚に見せることも可能です。
 なお、裁判員等でなくなった後で自分が裁判員であったことを公にすることは禁止されていませんが、評議の秘密等については裁判員でなくなった後も漏らしてはいけません。



   報道などの裁判外の情報による判断はできない

 最初に述べたとおり、裁判員裁判は一定の重大犯罪のみを対象とする制度であるため、テレビのニュースや新聞といったマスコミに取り上げられることが多いと思います。また、裁判員等に選任されたからといって、テレビや新聞等の報道に接することが禁止されるわけではありません。よって、裁判員等に選任された際、マスコミ報道により、事件についての感想などを抱くことがあるかもしれません。
 しかし、裁判員は、そのような情報によって判断するのではなく、法廷で見たり聞いたりした証拠のみによって判断する必要があります。



 裁判員等に選ばれたら仕事はどうするのか 

   裁判員等に選ばれて裁判所に出向き、刑事裁判手続きに参加することは、国民としての義務ですから、会社等がそれを妨げることはできません。
 裁判員等に選任された場合、裁判員等の仕事に必要な休みをとることは法律で認められています。
 また、裁判員として仕事を休んだことを理由に、解雇、降格降職、昇級停止、懲戒処分などの不利益な扱いをすることは法律によって禁止されています。
 ただし、裁判員の仕事に従事するための有給休暇制度を設けることは義務付けられておりませんので、有給休暇を導入するかどうかは各企業の判断に委ねられることになります。裁判員等に選任された場合には、勤め先の就業規則等において、裁判員等に選ばれた場合の手続きがどうなっているかを確認してみましょう。



 おわりに 

 以上、裁判員制度の概要、裁判員に選ばれたときの対応について説明しましたが、裁判員制度は始まったばかりであり、運用が固まるまではまだ時間がかかると思われ、また、スペースの都合上、本項ではごく基本的な事項しか説明できておりませんので、裁判員制度一般についてさらに詳しい内容や最新の情報を知りたい方は、最高裁判所の裁判員制度ウェブサイト(http://www.saibanin.courts.go.jp/)や裁判員制度関連の書籍を確認されるとよいでしょう。また、企業として裁判員裁判制度に対応した就業規則の改定や休暇制度の創設等を検討される場合は弁護士にご相談ください。
 以上


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