刑事裁判への被害者参加の制度について
   
〜損害賠償命令制度の概要〜
弁護士 上田 瑞尊   




 各種被害者参加制度の導入

 従来の我が国の刑事裁判においては,これに関与できるのは,被告人及びその弁護人,検察官,裁判官に限られており,その裁判に大きな関心を抱いているであろう犯罪被害者が積極的に関与することは認められていませんでした。また,従来の刑事裁判では,犯罪被害者の保護という側面が十分とは言えませんでした。

 しかし,時代の変化とともに,被害者の人権尊重や被害者の権利・利益を守ることの重要性が徐々にクローズアップされるようになりました。

 そのような流れの中で,平成12年に導入された被害者の意見陳述制度に続き,平成20年12月,犯罪被害者等が,一定の場合に,裁判期日に出席し,その加害者である被告人に対する質問をするなど,刑事裁判に直接参加することを可能とする被害者参加制度や損害賠償命令制度,犯罪被害者等に関する情報の保護などの新たな制度がスタートします。

 ここでは,その中でも,損害賠償命令制度にスポットを当ててみました。


 損害賠償命令制度導入の背景

 従来は,犯罪被害者が,その加害者から,自らの被害についての損害賠償金の支払いを受けるには,相手方が任意の支払いに応じない限り,通常の民事裁判を起こす必要がありました。

 そして,犯罪被害者がそのような民事裁判を起して,裁判所にその請求を認めてもらうには,原則として,犯罪被害者が自らその請求を根拠付けるための証拠を収集し,これを提出する必要があります。

 ここで,その事件の刑事裁判の裁判記録は,非常に有力な証拠となるはずですが,従来は,犯罪被害者がその裁判記録の閲覧や謄写をするためには,原則として,その裁判が終わるまで待たなければなりませんでした。また,裁判記録の閲覧や謄写をするための手続も煩雑でした。

 さらに,通常の民事訴訟は,終了までにかなりの期間を要することも少なくなく,請求額に応じて裁判所に納める手数料も,請求額によっては相当高額になるため,これは犯罪被害者等にとって大きな負担でした。

 そこで,もっと犯罪被害者がその事件の刑事裁判の裁判記録を容易に利用し,少ない負担で迅速に被害回復をできるようにするという観点から導入されたのが,この損害賠償命令制度です。


 損害賠償命令制度とは?

 損害賠償命令制度は,殺人や傷害等の故意の犯罪行為により人を死傷させた罪など一定の重大な刑事事件に関し,犯罪被害者等からの申立てにより,その事件の刑事裁判の成果を利用し,刑事裁判の審理を行った裁判所が損害賠償請求の審判を行うというものです。

 この制度は,「犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律」に基づき,平成20年12月から導入されます。

 この制度の導入により,刑事事件の犯罪被害者等の加害者に対する損害請求について,刑事裁判を担当した裁判所が,その刑事裁判の訴訟記録を積極的に活用し,刑事裁判の成果を利用することで犯罪被害者等による被害事実の立証が容易になるとともに,申立手数料が2000円と比較的低額に設定され,通常の民事裁判よりも短期間で審理されるなど,犯罪被害者等の損害賠償請求に関する労力や負担が大幅に軽減されることになります。


 対象となるのは?

 損害賠償命令制度の対象となる犯罪は,殺人や傷害等の故意の(意図的な)犯罪行為により人を死傷させた罪など一定の重大な罪で,申立ができるのは,その刑事事件の被害者またはその一般承継人(被害者の相続人等)です。請求の対象となるのは,その事件の刑事裁判の審理の対象として特定された事実を原因とする不法行為に基づく損害賠償で,例えば,殺人の被害者の遺族が,加害者に対して,亡くなった被害者の逸失利益等についての損害賠償請求をする場合がこれにあたります。


 手続の流れは?

 損害賠償命令制度を利用する場合,被害者等は,加害者が起訴(検察官がその事件について加害者等を裁くよう裁判所に求めること)されてから,その刑事裁判の実質的な審理が終わるまでの間,その刑事裁判を担当している裁判所に対し,その刑事裁判の審理の対象となる事実を原因とする不法行為に基づく損害賠償金の支払いを加害者に命ずる旨の申立(請求)をすることができます。

 そして,その申立がなされると,裁判所は,その刑事事件の有罪判決の言渡し後,原則として4回以内の審理期日を経て,損害賠償請求に関する審理を終えます。

 その上で,裁判所は,加害者に対して,一定の損害賠償金の支払いを命ずる裁判を下し,その裁判には,通常の民事裁判の判決と同一の効力が認められます。

 ただし,当事者(犯罪被害者等又は加害者)は,損害賠償命令の申立についての裁判に対し,一定の期間内に異議を申立てることが可能であり,異議申し立てがあった場合は,通常の民事裁判に移行します。


 今後に向けて

 損害賠償命令制度の概要は以上のとおりです。

  この制度の導入により,犯罪被害者等の損害賠償請求に関する負担が大幅に軽減されることが期待できそうです。

  もっとも,犯罪被害者等がこの制度を利用するにあたって,法律の専門家である弁護士の協力を必要とする場合が少なからずあると思われ,資力の乏しい犯罪被害者等の弁護士費用の問題など,解決しなければならない問題も残っています。

  この制度がどのように運用されるか大いに注目されるところです。


以 上


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