平成16年に「多様な生き方に対応した制度の構築」を目指して、年金制度の大幅な改革が行われました。この改革において,離婚時に厚生年金が分割になる仕組み(「離婚時の厚生年金の分割制度」)が導入され,平成19年4月より施行されることになったことは皆様ご承知のことと思います(施行は2段階となっていて一部は平成20年4月から)。現在新聞でも度々取り上げられているこの制度は,どのような社会情勢を背景にして生まれ,どのような内容を持っているのでしょうか。今回のHPではこの制度について検討してみたいと思います。
制度導入の背景にある社会情勢
いつ頃だったでしょうか,定年を迎えた夫の退職祝いの席で美しい妻が離婚を切り出し,唖然とする夫や反対する子供達を押し切って家を出ていくというTVドラマを見た記憶があります。近年の中高齢者の離婚の増加は「熟年離婚」という言葉を社会に生みだし,今や定年を迎えた夫婦の離婚は珍しくない時代になっています。ところで,離婚に伴う財産的給付にはどのようなものがあるのでしょうか。
離婚に伴う財産的給付としては,財産分与,慰謝料,未成年者の子に対する養育費の支払いがあります。財産分与とは婚姻期間中に夫婦が築いた財産を二人で清算するものです。不動産,預貯金などが代表的なものです。熟年夫婦の離婚の場合には、サラリーマンの退職金もその対象になります。それに加えて,厚生年金も財産分与の対象として,離婚夫婦の片方が他の一方に継続的に支払いをする事例も存在します。
なぜ,一方が片方に継続的支払いをする事例が存在するのでしょう。
また、この方法で行う場合の問題点は?
現在, 厚生年金の受給額は過去の就労期間や賃金額をもとに計算されています。そのため,結婚や出産を機に勤めを辞めた女性の年金受給額は男性より低い水準になりがちです。いわゆる「熟年離婚」をした場合,妻は,夫を支え,子供を育てるという社会にとってかけがいのない役割を果たしてきたにもかかわらず,夫に比べて極めて低い年金で生活をしていかなければならず,老後の生活が不安定になるという問題がありました。現実にはTVドラマのようにいかないというわけです。
この不公平感に折り合いを付ける方法として,先に述べたように厚生年金を財産分与の対象として捉え,夫が受け取った年金を夫が一部,分割して,離婚した妻にその都度送金するという方法も採られてきました。しかし,この方法では夫が死亡した場合や,あるいは夫が送金を怠るとたちまち生活が不安定になる,また妻が再婚した場合もトラブルが起こりがちだという問題がありました。
新しく導入された「厚生年金の分割制度」の意義
この度導入された「厚生年金の分割制度」は,制度として,社会保険庁が(実際には社会保険事務所が)直接,妻に支払うという形にしたもので,その点に大きな意義があります。分割された年金は妻自身の年金として受給できるようになるので,相手の死亡,怠慢などで影響を受けることはありません。離婚して自分が納得する人生を送りたいけれど,後の生活が不安だから留まると考えていた人には背中を押される思いの改正,まさに「多様な生き方に対応した制度の構築」といえると思います。
しかし,過度の期待も危険です。まずは,新しい制度について考察し,理解してから自分の人生を考える慎重さが必要だと思います。
年金分割制度は2段階に渡って施行されます。
1 平成19年4月より施行される厚生年金の分割制度について
(1) 制度の仕組み
平成19年4月から施行される厚生年金の分割制度とは,婚姻期間中に支払った厚生年金の保険料を夫婦が共同で納付したものとみなして,離婚した場合に分割できる制度です。
妻(もちろん夫の場合もありますが,以下では妻が分割を受ける立場で考えます)が専業主婦の場合には,夫の厚生年金等の2分の1までを分割することができ,夫婦が共働きで,妻もサラリーマンとして厚生年金に加入している場合には,夫婦の厚生年金を合算した額の2分の1まで分割することが可能になります。
具体的な分割の割合は,この範囲で夫婦が話し合って決めることになります。
話し合いがまとまらない場合には,夫婦の一方の求めにより,裁判手続(調停,審判,人事訴訟など)により決定することになります。
そして,話し合いや裁判手続きで分割割合が決定した後は,離婚成立後2年以内に社会保険事務所に対し年金の分割請求手続を行います。
以上の手続によって,妻は離婚後に分割された年金を自分自身の年金として受け取ることができるようになります。
(2) 注意点
制度の簡単な仕組みは以上のとおりですが,以下の点に注意が必要です。
@離婚の時期 |
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年金分割が可能になるのは,平成19年4月1日以降の離婚に限られます。
平成19年4月1日になる前に離婚した場合には,この制度による年金分割はできませんので,もし現在離婚を考えている場合などは注意が必要です。
なお,離婚が平成19年4月1日以降であれば,それより前の婚姻期間中の厚生年金も分割の対象に入ります。 |
A分割されるのは「厚生年金」です。 国民年金は対象になりません。 |
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年金分割の対象になるのは,民間サラリーマンが加入している「厚生年金」と公務員等が加入している「共済年金」のみです。
国民年金(基礎年金)は強制加入であり,もともと各自が受給する権利を持っているため,年金分割の対象になりません。
したがって,年金分割を受けるためには,婚姻期間中に相手がサラリーマン等で厚生年金に加入していた期間があったことが必要になります。
自営業者は,基本的には国民年金のみに加入していますので,たとえば,婚姻期間中ずっと夫が自営業者で妻が専業主婦であったり,夫婦がともに自
営業者であったりした場合には,離婚しても年金分割の対象にはなりません。この場合,離婚をしてもしなくても,それぞれが自分の国民年金(基礎年金)を受給することになります。 |
B思ったよりも金額が少ない場合も |
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年金分割をしても,自分の予想どおりの金額が分割されるとは限りません。
たとえば,夫が20歳から60歳まで40年間サラリーマンとして厚生年金に加入し,一方,その間妻が専業主婦であった夫婦が,離婚によって2分の1の割合で年金分割した場合をモデルケースとしますと,それぞれが受給できる年金額は, |
夫 基礎年金約6万6000円+分割された厚生年金約5万円=11万6000円
妻 基礎年金約6万6000円+分割された厚生年金約5万円=11万6000円 |
となります(平成16年度基準,夫の標準報酬月額を36万円と仮定)。
しかし,以下の点に注意が必要です。
まず分割割合ですが,必ずしも2分の1になるとは限りません。2分の1というのはあくまでも上限です。たとえば,分割を受ける妻の側に離婚の責任があったような場合には,分割割合が2分の1より低くなることもあり,妻の希望したほどの割合にならない可能性もあります。
また,年金額は,厚生年金の加入期間や平均賃金等をもとに算出されること,分割の対象になるのは,加入期間のうちの婚姻期間分であることにも注意が必要です。
この点,モデルケースは,夫婦双方が20歳で結婚をし,夫が20歳から60歳までサラリーマン勤務を続け,さらに,その間ずっと年金に加入していた場合を想定しています。
しかし,過去に年金未加入の時期があったり,またモデルケースと比べて,婚姻期間が短かったり,平均賃金が少なかったりすれば,分割される厚生年金も減ることになります。
年金分割に関する報道を耳にして,実際よりも多く受給できると誤解している人も多いようです。離婚を考えている場合,事前にどの程度分割されるのかを検討しておくことが大切です
C妻自身に年金受給資格・受給要件が必要 |
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分割された年金について,妻は自分の年金として受給しますので,実際に受給を受けるためには妻自身に受給資格および受給要件が備わっていることが必要です。
したがって,老齢厚生年金を受給できるのは,妻自身が老齢に達してからになりますし,また,老齢基礎年金の受給資格期間(保険料納付期間+保険料免除期間等≧25年)を満たしていることも必要になりますので,この点についても注意が必要になります。 |
D話し合いで決定した場合は内容を公正証書に必要 |
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話し合いや裁判で分割割合が決定しても,自動的に年金が分割されるわけではありません。話し合いによって決定した場合には,合意の内容を記載した公正証書を,裁判手続によって決定した場合は,調停調書や判決等を社会保険事務所に届け出て,分割請求の手続を行う必要があります。 |
E離婚後2年で時効に |
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ただ,この手続は離婚が成立したときから2年を経過するまでの間にしなければなりませんので特に注意が必要です |
2 平成20年4月より施行される厚生年金の分割制度について
(1) 制度の仕組み
平成20年4月1日より施行されるのは「離婚時の第3号被保険者(主にサラリーマンの夫の扶養に入っている専業主婦がこれに該当します)期間についての厚生年金の分割制度」です。これは,主に専業主婦の保護を厚くするという点で,平成19年4月施行の制度よりさらに踏み込んだ内容となっています。
すなわち,一方が第2号被保険者(主に厚生年金に加入するサラリーマンがこれに該当します)で他方が第3号被保険者である夫婦が,平成20年4月1日以降に離婚した場合,同日以降離婚時までの結婚期間分の第2号被保険者の厚生年金の2分の1が第3号被保険者へ自動的に分割されるようになるのです。
第3号被保険者が,かかる厚生年金の自動的な分割の効果を享受するためには,離婚後に社会保険事務所に申請すれば足り,両当事者の合意や裁判所の審判等は不要です。分割された分の年金は分割を受けた側が直接受給できるという点などは,平成19年4月施行の制度と同様です。
(2) 注意点
@共働き夫婦は対象外 |
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平成20年4月施行の制度は,あくまで一方が第2号被保険者で他方が第3号被保険者である夫婦(主にサラリーマンと専業主婦の夫婦です)のみを対象としています。
したがって,共働き夫婦は対象ではありません。共働き夫婦については,平成20年4月1日以降の結婚期間分の年金分割も,平成19年4月施行の制度によって行うことになります。 |
A自動分割されるのは平成20年4月1日以降の分の |
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自動分割されるのは平成20年4月1日以降の結婚期間分のみです。
平成20年3月31日までの結婚期間分の年金分割については,平成19年4月施行の制度による上限2分の1での話し合いになります。 |
B制度の細部はこれから決まる |
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平成20年4月施行の制度の細部(分割申請の手続等)にかかる施行規則は,まだ作成されておりません。今後,その施行規則がどのようなものになるかについても注意が必要です。 |
※第1号乃至第3号被保険者の説明
・第2号被保険者:厚生年金に加入する民間サラリーマンや共済年金に加入する公務員等
・第3号被保険者:第2号被保険者の被扶養配偶者(主に専業主婦,専業主夫)
・第1号被保険者:20歳以上60歳未満で,第2号,第3号被保険者以外の人(自営業者等) |
平成18年10月より年金分割に関する情報提供が開始されます。
離婚した夫婦の年金分割が来年から実施されるのに合わせて,社会保険庁は平成18年10月より年金分割の通知サービスを行います。
(1) 情報提供は当事者双方または一方から請求することができます。
すでに離婚している(婚姻関係が解消していると認められる)当事者の一方が単独で請求する場合は,情報提供の請求があったことや提供する情報の内容を,請求していない他方に対しても知らせます。これは提供される情報の内容について
は,当事者間における合意形成の前提となるものであり,当事者双方が確認,了解したものである必要があるためです。しかし,離婚が成立していない場合は,まだ,婚姻関係が継続している両当事者への影響に考慮して単独で請求しても相手方には知らせません。
(2) 情報提供を受けたい方の手続きは以下の通りです。
請求書に必要事項を記入のうえ,
@ 請求者自身の年金手帳または国民年金手帳
A 戸籍謄本または抄本
等を揃えて,各地の社会保険事務所に提出します。
(3) 提供される情報の内容は以下の通りです。
@ 分割の対象となる期間
A その期間における当事者それぞれの保険料納付記録
B 分割される側,分割を受ける側それぞれの氏名
C 可能な分割割合の範囲
「案ずるより,産むが易し」という言葉があります。もし,何かお迷いのことがあったら地域の社会保険事務所にお問い合わせしてみるのも,良き解決を見つける一つの方法だと思います。
提供を受けた確かな情報を基に、新しい生活への第一歩を踏み出す参考として今回の記事がお役に立てたら幸いです。
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